黄金の墓と砂の惑星 [レトロゲーム]
デューン パート2を観てきました。
これは、昔観たデューン~砂の惑星をリメイクしたやつなんです。
前の時は、僕は中学生だったかなぁ。
カイルマクラクランが巨大ミミズに乗って波乗りするイメージしかないし、あとどんな話しだったか思い出せなくて、ブルーレイで発売されたときに買って観直しました。
これね。
見直して感じたのは、あまりにもアヴァンギャルド過ぎた作品だったんだなぁってことです。
ツインピークスでカイルマクラクランを観たときに、デューンの巨大ミミズがフラッシュバックしたりして大変でした。
でまぁ、今回のデューンは当時の若者に色んな衝撃を与えた昔のデューン~砂の惑星からはすごくスタイリッシュになってます。
監督がブレードランナーのその後を描いたブレードランナー2049の人だと聞いていたので、わりと期待していたし、やっぱり良かったですね。
ただ、今回の第2部では終わらずに第3部に続くってことなんで、次に見る時までに今回観た内容はすっかりと忘れているんだろうってことはわかります。
前回も、続きものだとは知らずに観に行ったので、エンディングで第1部終わりみたいなのが書かれていたのを観て、ちょっとズッコケたし。
なんだ、続くんかぁって。
それで、昔のI/Oの映画紹介のページでデューンの記事があったっけ〜、てなことを思い出したんでI/Oを見ていたら、デューン〜砂の惑星を上映していた当時、僕はMSXで黄金の墓をプレイしていたことを思い出しました。
黄金の墓は中学生の時に地元にあった丸井デパートのパソコン売り場で買いました。
今では考えられないけど、当時のデパートには必ずパソコン売り場があって、デパートのパソコン売り場をハシゴして回るのが楽しみだったんですよ。
丸井の他に西武やダイエーもあったし、地元デパートも2つありました。今では地元デパート1店舗を残して、それ以外はすべて無くなってしまったけど...
丸井のパソコン売り場では店頭でX1とかFM-New7とかが触れたので、自作のプログラムを入力して遊んだりしていたなぁ。
丸井のパソコン売り場は真っ白な壁一面にパソコンソフトのパッケージの表面が見えるように並べてあって、お洒落でしたね。
西武のパソコン売り場は、狭かったけど自由に触れられるパソコンが多かったので、ベーシックマガジンを持っていって投稿プログラムを入力したりしてました。
ソードのM5とかぴゅう太とかも置いてありました。当時は、おもちゃパソコンとか言って下に見ていた友達もいたけど、ゲームセンターにあるようなゲームが遊べて、BASICでプログラミングもできるパソコンが10万円しないで買えるっていうのは、すっごく魅力的で、僕はすごく欲しかったんだよね。
売り場の脇の方にはパソコンのカタログが入ったラックがいくつもあって、そのラックからパンフレットをもらってきて、家で眺めたりしていたし。
PC-8801とかX1とかFM-new7のパソコンのカタログと、I/Oのゲームの広告を見ながら頭の中で、このゲームってどんな感じでプレイするんだろうって、時間が経つのも忘れて考えていたわけだから、ずいぶんと暇だったんだなぁって思うよ。
当時は、そんな人間をナイコン族とか言ってたっけ。
そうそう、黄金の墓の話しだけど、ある年の正月に丸井のパソコン売り場に行ったら、壁面の棚にMSX版の黄金の墓が置いてあってビックリたわけです。
なぜかというと前の月に見たI/Oのマジカルズゥの広告には、MSX版の黄金の墓が載っていなかったからです。
そのときは興奮しましたよ。
MSXでは遊ぶことができないと思っていた黄金の墓が目の前にあるわけだから。
しかも、お年玉を持っていたから、今なら買えるわけです。
それでも、買おうかどうしようか迷い、丸井の屋上にあったラジコンサーキット場に行って、じっくりと考えてみました。
自分会議です。
で、結局、買って帰りました。
ベーシックマガジン(1985年1月号)に掲載されていた黄金の墓の広告です。
いやぁ、このイラストがカッコイイんだよね。
ゲーム画面をもとにした手書きのイラストの他に、ところどころにゲームの画面写真が混ざっていたりして、そこがまたお洒落。
I/O(1984年8月号)の広告です。
これは、MSXマガジン(1985年4月号)のアドベンチャーゲーム特集のときの記事です。
マジカルズゥという会社名だと思っていたんだけど、これってブランド名みたいなものだったんだね。
ある日、友達に会社名はストラットフォードコンピューターセンターだよって言われて、わかりました。
ストラットフォードコンピュータって、名前のインパクトが強いな。
学習ソフトも作っていて、いろいろとやっていたんですね。
CAIって言葉も懐かしい。
ゼブラ模様が印象深くて、トレードマークのような感じだったけど、何か意味があったのかなぁ。
それで、これがMSX用テープ版の黄金の墓です。
パッケージの表です。
パッケージの裏です。
この頃は、MSXでもまだまだカセットテープを媒体にしていたゲームが多かったかな。
データレコーダはPC-6001をもらった時に買っていたし、MSXでも使えたから、テープに記録や保存に困らなかったです。
ちなみにデータレコーダのことは、当時はデーレコって呼んでたんだよね。
でも、最初に買ったデーレコはボーレートが1200だったから、MSXを買ってしばらくして2400ボーに切り替えて倍速てロードセーブができるものを買いました。
2400ボーはやっぱり速かったです。でも、X1csはさらに倍近い速さのカセットデッキだったんで度肝を抜かれたけど。
この当時のマニュアルって、ゲームの一部みたいなもので、ゲームを始める前に気分を盛り上げてくれる存在だったよね。
当時は、この見開きを読んでゲームを始めるのが楽しくて仕方がなかったです。
とにかく雰囲気が出ている。
以前に秋葉原に出張した際に、BEEPに寄ってみたら黄金の墓の同人誌が売っていたんで買ってみました。
内容は、かなーり濃いです。
途中で調布の話しが出てくるんだけど、僕も学生の頃にあの辺をうろうろしていたことがあって、そうだったんだ~みたいな新たな発見がありました。
それにしても、令和版うる星やつらが毎週、待ち遠しくてたまりませんよ。
前回のみじめっ子、終太郎や嵐を呼ぶデートはテンポも作画も良くって、ついつい観返していまいます。
ところで、原作の最終回の話しもやるってことで、いいのかな?
その辺が、ちょっとわかりません。
個人的には、最終回の手前までやって、最終回の話しは映画でやって欲しいです。
テレビだけで終わらせるのはもったいない!
これは、昔観たデューン~砂の惑星をリメイクしたやつなんです。
前の時は、僕は中学生だったかなぁ。
カイルマクラクランが巨大ミミズに乗って波乗りするイメージしかないし、あとどんな話しだったか思い出せなくて、ブルーレイで発売されたときに買って観直しました。
これね。
見直して感じたのは、あまりにもアヴァンギャルド過ぎた作品だったんだなぁってことです。
ツインピークスでカイルマクラクランを観たときに、デューンの巨大ミミズがフラッシュバックしたりして大変でした。
でまぁ、今回のデューンは当時の若者に色んな衝撃を与えた昔のデューン~砂の惑星からはすごくスタイリッシュになってます。
監督がブレードランナーのその後を描いたブレードランナー2049の人だと聞いていたので、わりと期待していたし、やっぱり良かったですね。
ただ、今回の第2部では終わらずに第3部に続くってことなんで、次に見る時までに今回観た内容はすっかりと忘れているんだろうってことはわかります。
前回も、続きものだとは知らずに観に行ったので、エンディングで第1部終わりみたいなのが書かれていたのを観て、ちょっとズッコケたし。
なんだ、続くんかぁって。
それで、昔のI/Oの映画紹介のページでデューンの記事があったっけ〜、てなことを思い出したんでI/Oを見ていたら、デューン〜砂の惑星を上映していた当時、僕はMSXで黄金の墓をプレイしていたことを思い出しました。
黄金の墓は中学生の時に地元にあった丸井デパートのパソコン売り場で買いました。
今では考えられないけど、当時のデパートには必ずパソコン売り場があって、デパートのパソコン売り場をハシゴして回るのが楽しみだったんですよ。
丸井の他に西武やダイエーもあったし、地元デパートも2つありました。今では地元デパート1店舗を残して、それ以外はすべて無くなってしまったけど...
丸井のパソコン売り場では店頭でX1とかFM-New7とかが触れたので、自作のプログラムを入力して遊んだりしていたなぁ。
丸井のパソコン売り場は真っ白な壁一面にパソコンソフトのパッケージの表面が見えるように並べてあって、お洒落でしたね。
西武のパソコン売り場は、狭かったけど自由に触れられるパソコンが多かったので、ベーシックマガジンを持っていって投稿プログラムを入力したりしてました。
ソードのM5とかぴゅう太とかも置いてありました。当時は、おもちゃパソコンとか言って下に見ていた友達もいたけど、ゲームセンターにあるようなゲームが遊べて、BASICでプログラミングもできるパソコンが10万円しないで買えるっていうのは、すっごく魅力的で、僕はすごく欲しかったんだよね。
売り場の脇の方にはパソコンのカタログが入ったラックがいくつもあって、そのラックからパンフレットをもらってきて、家で眺めたりしていたし。
PC-8801とかX1とかFM-new7のパソコンのカタログと、I/Oのゲームの広告を見ながら頭の中で、このゲームってどんな感じでプレイするんだろうって、時間が経つのも忘れて考えていたわけだから、ずいぶんと暇だったんだなぁって思うよ。
当時は、そんな人間をナイコン族とか言ってたっけ。
そうそう、黄金の墓の話しだけど、ある年の正月に丸井のパソコン売り場に行ったら、壁面の棚にMSX版の黄金の墓が置いてあってビックリたわけです。
なぜかというと前の月に見たI/Oのマジカルズゥの広告には、MSX版の黄金の墓が載っていなかったからです。
そのときは興奮しましたよ。
MSXでは遊ぶことができないと思っていた黄金の墓が目の前にあるわけだから。
しかも、お年玉を持っていたから、今なら買えるわけです。
それでも、買おうかどうしようか迷い、丸井の屋上にあったラジコンサーキット場に行って、じっくりと考えてみました。
自分会議です。
で、結局、買って帰りました。
ベーシックマガジン(1985年1月号)に掲載されていた黄金の墓の広告です。
いやぁ、このイラストがカッコイイんだよね。
ゲーム画面をもとにした手書きのイラストの他に、ところどころにゲームの画面写真が混ざっていたりして、そこがまたお洒落。
I/O(1984年8月号)の広告です。
これは、MSXマガジン(1985年4月号)のアドベンチャーゲーム特集のときの記事です。
マジカルズゥという会社名だと思っていたんだけど、これってブランド名みたいなものだったんだね。
ある日、友達に会社名はストラットフォードコンピューターセンターだよって言われて、わかりました。
ストラットフォードコンピュータって、名前のインパクトが強いな。
学習ソフトも作っていて、いろいろとやっていたんですね。
CAIって言葉も懐かしい。
ゼブラ模様が印象深くて、トレードマークのような感じだったけど、何か意味があったのかなぁ。
それで、これがMSX用テープ版の黄金の墓です。
パッケージの表です。
パッケージの裏です。
この頃は、MSXでもまだまだカセットテープを媒体にしていたゲームが多かったかな。
データレコーダはPC-6001をもらった時に買っていたし、MSXでも使えたから、テープに記録や保存に困らなかったです。
ちなみにデータレコーダのことは、当時はデーレコって呼んでたんだよね。
でも、最初に買ったデーレコはボーレートが1200だったから、MSXを買ってしばらくして2400ボーに切り替えて倍速てロードセーブができるものを買いました。
2400ボーはやっぱり速かったです。でも、X1csはさらに倍近い速さのカセットデッキだったんで度肝を抜かれたけど。
この当時のマニュアルって、ゲームの一部みたいなもので、ゲームを始める前に気分を盛り上げてくれる存在だったよね。
当時は、この見開きを読んでゲームを始めるのが楽しくて仕方がなかったです。
とにかく雰囲気が出ている。
以前に秋葉原に出張した際に、BEEPに寄ってみたら黄金の墓の同人誌が売っていたんで買ってみました。
内容は、かなーり濃いです。
途中で調布の話しが出てくるんだけど、僕も学生の頃にあの辺をうろうろしていたことがあって、そうだったんだ~みたいな新たな発見がありました。
それにしても、令和版うる星やつらが毎週、待ち遠しくてたまりませんよ。
前回のみじめっ子、終太郎や嵐を呼ぶデートはテンポも作画も良くって、ついつい観返していまいます。
ところで、原作の最終回の話しもやるってことで、いいのかな?
その辺が、ちょっとわかりません。
個人的には、最終回の手前までやって、最終回の話しは映画でやって欲しいです。
テレビだけで終わらせるのはもったいない!
2024-04-21 16:27
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令和版うる星やつらシーズン2が始まりましたね。 [レトロゲーム]
さてさて、うる星やつらの第2期が始まりました。
第1期が終わった時に、続きは一年後って長いなぁって思っていたけど、この歳になると一年なんていうのはあっという間に過ぎてしまうもので、気付いたら第2期が始まっていました。
まぁ、みんな気付いていることだけど、第2期のうる星やつらは更に絵とテンポが良くなっていて、何度も繰り返し観ていますよ。
個人的には面倒の宮野さんがホントに面倒っぽくていい!
「暗いの怖いよ、狭いの怖いよ」が完璧にできるのは、神谷さんの他に宮野さんしかいないですな。
あと、花澤香菜さんのランちゃんの豹変ぶりも最高!です。
でまぁ、うる星やつらの話しの中で一番好きなのが因幡くんが出てくる話しだったんで、扉を開けて前編、後編は待ちに待った回でした。
コミックでも、因幡くんの話しが出てくる30巻以降は何千回って読み返したもんなぁ。
誰もが知っている有名な話しだけど、高橋留美子先生がうる星やつらを終わらせるきっかけとなったのが、因幡くんの登場によって忍の幸せが見えたからだったわけだからねぇ。
あと、あたるがラムさんと結婚する未来の扉を必死になって支えるところなんかも素晴らしくいいんですよ。ウェディングドレスを着て幸せそうに泣いているラムさんを見るのは、後にも先にもこのシーンだけだったと思います。
そんなわけで、うる星やつらが世界のすべてだった中学生の頃の僕の想い出のゲームを探してみたら、こんなのがありました。
ぶた丸パンツ、HAL研究所が出していたゲームです。
HAL研究所と言えば、前の任天堂の社長だった岩田さんがいたところですよ。
あと、鬼が出てくるところがうる星やつら繋がりってことで。
これが、パッケージの表面です。
これが裏面。
こんな感じで入っています。
説明書がこれ。
ジョイスティックが、本当に「スティック」なんだよね。
僕がMSXを買った時に最初に購入したソフトウェアが、この「ぶた丸パンツ」でした。
なんで、このゲームを買ったかというと、僕はMSXを町の電気屋から買ったからなんです。
当時、パソコンを買うとなるとデパートか町の電気屋というのがセオリーだったし。
で、僕は近所にあった光栄電気店(仮名)にMSXを注文しました。
光栄電気店(仮名)は、父親が家電を買うときにいつも頼んでいたお店です。
そのお店は日立の販売店だったんで、我が家の家電はほとんど日立でした。
家電量販店はあるにはあったけど、家電量販店でパソコンが売られるのは僕が高校生になってからだったと思います。
それに、僕の父親が日立の社員だったから日立のパソコンだと社員割引で買えたんですよ。
この社員割引ってのが、当時としては侮れないくらいの割引で、それで僕は日立のMSXであるMB-H1にしたんです。
社員割引で買うには日立製品を取り扱う町の電気屋で買わなければならないから、近所にあった光栄電気店(仮名)から買うことになったわけです。
その光栄電気店(仮名)の店主がパソコンだけだとつまらないだろうってことを言って、ぶた丸パンツなら安く売ってあげるよって言ってくれたんで買ったというわけです。
僕としてはマイコンBASICマガジンのプログラムリストを入力して遊ぼうって考えていたから、そんなに急いでゲームを買うつもりはなかったんだけど、父親が買ってくれるっていうことになったんで、それじゃあってことで買ったわけです。
で、遊んでみてビックリしたのが、すっごく面白いゲームだってことでした。
タイトルとパッケージのイラストからだと「面白いのかなぁ...」って多少疑ってしまうけど、遊んでみるとのめり込んでしまうほどの面白さなんです。
友達に遊ばせても、「これは面白い!」って絶賛されていました。
ぶた丸パンツの作者が俊逸なのは、ぶた丸に逆転のチャンスを与えているところなんです。
パックマンがパワー餌によって一発逆転するのと同じように、赤い卵によって雷様のパンツくんを倒すことができるゲーム性とした点です。
パンツくんが落としてくる白い卵をコツコツと拾い続けていって、赤い卵が落とされた瞬間に「きたぁ~!」って感じで逆転の態勢に入る瞬間が気持ち良すぎて何度もプレイしていまいます。
ところで、ぶた丸パンツにはパッケージが何種類かあって、こんな青いパッケージのものもあるんですよ。
パッケージ違いが存在する理由って何なんだろう?
岩田社長のいたHAL研究所って、こんな面白いゲームを作ってホントにスゴイです。
昔、Wiiで観れた岩田社長のチャンネルとか、また観たいなぁって思いますよ。
あぁ、それにしても、令和版うる星やつらの映画が観たいなぁ。
第1期が終わった時に、続きは一年後って長いなぁって思っていたけど、この歳になると一年なんていうのはあっという間に過ぎてしまうもので、気付いたら第2期が始まっていました。
まぁ、みんな気付いていることだけど、第2期のうる星やつらは更に絵とテンポが良くなっていて、何度も繰り返し観ていますよ。
個人的には面倒の宮野さんがホントに面倒っぽくていい!
「暗いの怖いよ、狭いの怖いよ」が完璧にできるのは、神谷さんの他に宮野さんしかいないですな。
あと、花澤香菜さんのランちゃんの豹変ぶりも最高!です。
でまぁ、うる星やつらの話しの中で一番好きなのが因幡くんが出てくる話しだったんで、扉を開けて前編、後編は待ちに待った回でした。
コミックでも、因幡くんの話しが出てくる30巻以降は何千回って読み返したもんなぁ。
誰もが知っている有名な話しだけど、高橋留美子先生がうる星やつらを終わらせるきっかけとなったのが、因幡くんの登場によって忍の幸せが見えたからだったわけだからねぇ。
あと、あたるがラムさんと結婚する未来の扉を必死になって支えるところなんかも素晴らしくいいんですよ。ウェディングドレスを着て幸せそうに泣いているラムさんを見るのは、後にも先にもこのシーンだけだったと思います。
そんなわけで、うる星やつらが世界のすべてだった中学生の頃の僕の想い出のゲームを探してみたら、こんなのがありました。
ぶた丸パンツ、HAL研究所が出していたゲームです。
HAL研究所と言えば、前の任天堂の社長だった岩田さんがいたところですよ。
あと、鬼が出てくるところがうる星やつら繋がりってことで。
これが、パッケージの表面です。
これが裏面。
こんな感じで入っています。
説明書がこれ。
ジョイスティックが、本当に「スティック」なんだよね。
僕がMSXを買った時に最初に購入したソフトウェアが、この「ぶた丸パンツ」でした。
なんで、このゲームを買ったかというと、僕はMSXを町の電気屋から買ったからなんです。
当時、パソコンを買うとなるとデパートか町の電気屋というのがセオリーだったし。
で、僕は近所にあった光栄電気店(仮名)にMSXを注文しました。
光栄電気店(仮名)は、父親が家電を買うときにいつも頼んでいたお店です。
そのお店は日立の販売店だったんで、我が家の家電はほとんど日立でした。
家電量販店はあるにはあったけど、家電量販店でパソコンが売られるのは僕が高校生になってからだったと思います。
それに、僕の父親が日立の社員だったから日立のパソコンだと社員割引で買えたんですよ。
この社員割引ってのが、当時としては侮れないくらいの割引で、それで僕は日立のMSXであるMB-H1にしたんです。
社員割引で買うには日立製品を取り扱う町の電気屋で買わなければならないから、近所にあった光栄電気店(仮名)から買うことになったわけです。
その光栄電気店(仮名)の店主がパソコンだけだとつまらないだろうってことを言って、ぶた丸パンツなら安く売ってあげるよって言ってくれたんで買ったというわけです。
僕としてはマイコンBASICマガジンのプログラムリストを入力して遊ぼうって考えていたから、そんなに急いでゲームを買うつもりはなかったんだけど、父親が買ってくれるっていうことになったんで、それじゃあってことで買ったわけです。
で、遊んでみてビックリしたのが、すっごく面白いゲームだってことでした。
タイトルとパッケージのイラストからだと「面白いのかなぁ...」って多少疑ってしまうけど、遊んでみるとのめり込んでしまうほどの面白さなんです。
友達に遊ばせても、「これは面白い!」って絶賛されていました。
ぶた丸パンツの作者が俊逸なのは、ぶた丸に逆転のチャンスを与えているところなんです。
パックマンがパワー餌によって一発逆転するのと同じように、赤い卵によって雷様のパンツくんを倒すことができるゲーム性とした点です。
パンツくんが落としてくる白い卵をコツコツと拾い続けていって、赤い卵が落とされた瞬間に「きたぁ~!」って感じで逆転の態勢に入る瞬間が気持ち良すぎて何度もプレイしていまいます。
ところで、ぶた丸パンツにはパッケージが何種類かあって、こんな青いパッケージのものもあるんですよ。
パッケージ違いが存在する理由って何なんだろう?
岩田社長のいたHAL研究所って、こんな面白いゲームを作ってホントにスゴイです。
昔、Wiiで観れた岩田社長のチャンネルとか、また観たいなぁって思いますよ。
あぁ、それにしても、令和版うる星やつらの映画が観たいなぁ。
2024-03-17 21:28
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みゆき その2 [レトロゲーム]
今日のベストヒットUSAは良かったねぇ。
ジェフベックとエリッククラプトンのムーンリバーから始まって最高でした。
ジェフベックは今年の頭に亡くなってしまったからなぁ...さみしい限りです。
それで、気持ちが昂ってしまったので、みゆきの話しの続きですよ。
でまぁ、みゆきが好きな友達と話しをすると必ず出る話題をつらつらと書きます。
みゆきの10巻にある高校の学祭で真人と若松みゆきが主人公とヒロインを演じる話しがあるんだけど、ラブシーンのところは照明が消えて二人のシルエットしか描かれていなくて、しかも真人のセリフが「・・・」しかないから、果たして二人はキスをしたのか?ってことが常に話題になっていますが、僕の考えをここで書きますかね。
僕的には、真人と若松みゆきはキスをしていないと考えてます。なぜかというと、もしキスをしていたのであれば、その後の真人が若松みゆきとのキスを何かにつけて思い出してしまうはずだから。
鹿島みゆきとのキスを思い出すシーンが度々描かれているわけだから、若松みゆきとキスをしたとなれば、それこそ毎回思い出さないはずがないわけですよ。
この学祭の次の話しが、矢内清美の結婚式の話しで、真人は夢の中で自分の結婚式のキスシーンの夢を見るわけなんだけど、相手の顔は描かれていません。
このシーンから見ても、真人は若松みゆきとキスはしていないと思えるわけです。
じゃあ、「・・・」のセリフは何だったのか?ってことになるんだけど、僕の考えでは、若松みゆきは真人の唇の近くまで寄せて、触れないくらいのギリギリのところで止めたんじゃないかと。
真人は、若松みゆきの吐く息を唇に受けながら、理性が弾け飛ぶギリギリのところで踏みとどまっている状態だったため、「キスの振りとはいえ、なんでこんな近くまで唇を寄せてくるんだ?」って思っている状態だったんだと。
まぁ、あれだよなぁって思うんですよ。
みゆきは、最終回まで「究極の寸止め作品」だと思うんで、そう考えるとキスはしていないって考えるのが妥当なんじゃないかと。
ちなみに、矢内清美の結婚式の話しは、僕の中ではみゆきの中でトップ3に入るくらいに好きな話しです。
玄関で、結婚式に出かける真人を赤ちゃんを抱いた若松みゆきが見送るシーンが最高です。
あと、気になるのは12巻に入っている話しで、若松みゆきがサマーセーターを編んでいる途中で真人の首に後ろから抱きついて何か言っているシーンがあるんですよ。
そうすると、真人が「早すぎるような気もする」って言うんだよね。しかも暗い表情で。
あれって、なんて言ったんだろうって昔から気になっているんです。
僕は「みゆきは、もう少しお兄ちゃんの妹でいたい」って言ったんじゃないかと思うんだけど。
なんでかっていうと、結婚できなくても妹として見てもらえるのであればそれでもかまわない、真人の傍にずっといたい、って気持ちからこういう事を言ったんじゃないかなって。
それは、遠回しに真人とずっと一緒にいたいっていう、若松みゆきが初めて言った本心だったんじゃないかなって思うんですよ。
結局のところ、若松みゆきがどういう立場だったのかっていうのは、最終回で竜一の母親が重要なことを言ってくれます。。
「みゆきちゃんは、最初から血のつながらない兄妹だってことを知っていたんだね」って。
それで、このことを踏まえて若松みゆきの立場で第1話から読み返してみると、「みゆき」と言う作品は全く違う印象をもちます。
そもそも、「みゆき」は若松真人の視点で物語が進んでいくんだけど、話しの中核は、若松みゆきが血のつながらない兄妹だということを知っているのかどうかということなんだと思うんだよね。
若松みゆきが真人のことを好きなのは、物語を通して様々なかたちで現れているので、このことが物語の中心ではないってことは初期の段階でわかるんですよ。。
これって、きまオレやめぞんと決定的に違う点だと思ってます。
まどかが恭介のことを好きなのに、ひかるちゃんの手前、一歩下がった立場にいたり、響子さんが総一郎さんとの結婚時代のことを考えて五代君の気持ちに答えるのに躊躇していたのとは違うんじゃないかと。
まどかや響子さんは自分が相手の気持ちに応えれば、一緒になれるということを知った上で、身を引いていたと言えると思うんだけど、若松みゆきの場合、真人が血のつながらない兄妹だと知った上で自分を妹として見るために距離を取っていると考えていたと思われるんですよ。
なので、若松みゆきは、結婚だってできる兄妹の関係で、自分は真人と結婚して一緒にいたいということをアピールし続けてきたと考えられるんじゃないかと。
でも、真人は鹿島みゆきと付き合っていて別れる気配は無いし、むしろ、どんどん関係が深まっていくように感じられるわけで。
最終巻の話しの中で、若松みゆきが真人の部屋にあった野球のバットを見て、子供の頃に二人で野球で遊んだことを思い出して、物思いに耽るシーンがあるんだけど、この時の気持ちって「結婚なんてできなくていいから、二人でずっと一緒に暮らしていたい」って感じだったんじゃないかと。
若松みゆきの方から真人に「結婚したい」って言い出せなかったのは、真人が兄妹の関係を保ちながら幸せになりたいと考えていると思ったからだと思うんですよ。
これは、最終回で竜一が言っていた「若松みゆきの願いは、若松真人の幸せ」って台詞でわかります。
だからこそ、最後に真人のほうから若松みゆきに告白することの重要さがわかるんです。
物語を通して、若松みゆきが待ち望んでいたのが真人からの告白だったから。
でまぁ、ちょっと前に出版されたあだち充本ってのを買って読んだら、あだち充先生自身、みゆきの最終回に描いた幼少期から大人になるまでのコマの絵が好きだって言っていたんだよ。
あだち充先生も、この漫画は若松みゆきが望んだ結末を迎える漫画なんだって考えていたんだなぁって思いましたね。
このあだち充本は大変素晴らしい本なので、中学校の国語の時間で読むべきだと思います。
この前、写真を掲載できなかったみゆきのCDがこれです。
ヴァージンVSの曲やテレビのOPバージョンも入っているからね。
で、このCDを探していたら、こんなカセットテープが出てきた。
みゆきも好きだったけど、ひばりくんも好きだったんだよねぇ。
僕的にはアニメ版の声も良かった。
ちなみに、このテープに入っていたのはBASICマガジンに掲載されていたX1Cs用の読者投稿ゲームでした。
今月の初旬に出張があって地方都市に行ったんですよ。
で、以前に同じ職場だった友人の鳥川さん(仮名)と飲んだときに、ストップひばりくんの話しになって、なんか、やっと時代がひばりくんに追いついたって感じだよねって感想になりました。
今どきのニューハーフって、本当にひばりくんと同じようだもんねぇ。
あと、みゆきフィーバーが続いている僕ですが、同時にうる星やつらフィーバーも続いています。
先月、隣の隣の隣の市に期間限定でうる星やつのショップができたって聞いて、いてもたってもいられず、愛車である連邦の白い悪魔(別名オーリス)に載って、行って来ましたよ。
ショップに行ったら僕みたいな50代のオジサンばかりなんじゃないかと思っていたんだけど、意外にも10代っぽい女の子のグループや、幼稚園くらいの子供を連れた30代くらいの女性が居て驚いてしまいました。
それで、若い子や親子連れの邪魔をしては悪いなって思って、売り場をコソコソと見て回っていたら、同じように動いている同世代だと思われるオバサンがいて、なんともいえない気持ちになりました。
なんてゆーか、お互いにがんばろーねって気持ちですかね。
ベストヒットUSAにAJRが出ていて、これも良かった。
ちょっと前から気にはなっていたんだよね。
ポストマローンやウィークエンドもいいけど、僕としてはAJRの曲みたいなのがしっくりきます。
ジェフベックとエリッククラプトンのムーンリバーから始まって最高でした。
ジェフベックは今年の頭に亡くなってしまったからなぁ...さみしい限りです。
それで、気持ちが昂ってしまったので、みゆきの話しの続きですよ。
でまぁ、みゆきが好きな友達と話しをすると必ず出る話題をつらつらと書きます。
みゆきの10巻にある高校の学祭で真人と若松みゆきが主人公とヒロインを演じる話しがあるんだけど、ラブシーンのところは照明が消えて二人のシルエットしか描かれていなくて、しかも真人のセリフが「・・・」しかないから、果たして二人はキスをしたのか?ってことが常に話題になっていますが、僕の考えをここで書きますかね。
僕的には、真人と若松みゆきはキスをしていないと考えてます。なぜかというと、もしキスをしていたのであれば、その後の真人が若松みゆきとのキスを何かにつけて思い出してしまうはずだから。
鹿島みゆきとのキスを思い出すシーンが度々描かれているわけだから、若松みゆきとキスをしたとなれば、それこそ毎回思い出さないはずがないわけですよ。
この学祭の次の話しが、矢内清美の結婚式の話しで、真人は夢の中で自分の結婚式のキスシーンの夢を見るわけなんだけど、相手の顔は描かれていません。
このシーンから見ても、真人は若松みゆきとキスはしていないと思えるわけです。
じゃあ、「・・・」のセリフは何だったのか?ってことになるんだけど、僕の考えでは、若松みゆきは真人の唇の近くまで寄せて、触れないくらいのギリギリのところで止めたんじゃないかと。
真人は、若松みゆきの吐く息を唇に受けながら、理性が弾け飛ぶギリギリのところで踏みとどまっている状態だったため、「キスの振りとはいえ、なんでこんな近くまで唇を寄せてくるんだ?」って思っている状態だったんだと。
まぁ、あれだよなぁって思うんですよ。
みゆきは、最終回まで「究極の寸止め作品」だと思うんで、そう考えるとキスはしていないって考えるのが妥当なんじゃないかと。
ちなみに、矢内清美の結婚式の話しは、僕の中ではみゆきの中でトップ3に入るくらいに好きな話しです。
玄関で、結婚式に出かける真人を赤ちゃんを抱いた若松みゆきが見送るシーンが最高です。
あと、気になるのは12巻に入っている話しで、若松みゆきがサマーセーターを編んでいる途中で真人の首に後ろから抱きついて何か言っているシーンがあるんですよ。
そうすると、真人が「早すぎるような気もする」って言うんだよね。しかも暗い表情で。
あれって、なんて言ったんだろうって昔から気になっているんです。
僕は「みゆきは、もう少しお兄ちゃんの妹でいたい」って言ったんじゃないかと思うんだけど。
なんでかっていうと、結婚できなくても妹として見てもらえるのであればそれでもかまわない、真人の傍にずっといたい、って気持ちからこういう事を言ったんじゃないかなって。
それは、遠回しに真人とずっと一緒にいたいっていう、若松みゆきが初めて言った本心だったんじゃないかなって思うんですよ。
結局のところ、若松みゆきがどういう立場だったのかっていうのは、最終回で竜一の母親が重要なことを言ってくれます。。
「みゆきちゃんは、最初から血のつながらない兄妹だってことを知っていたんだね」って。
それで、このことを踏まえて若松みゆきの立場で第1話から読み返してみると、「みゆき」と言う作品は全く違う印象をもちます。
そもそも、「みゆき」は若松真人の視点で物語が進んでいくんだけど、話しの中核は、若松みゆきが血のつながらない兄妹だということを知っているのかどうかということなんだと思うんだよね。
若松みゆきが真人のことを好きなのは、物語を通して様々なかたちで現れているので、このことが物語の中心ではないってことは初期の段階でわかるんですよ。。
これって、きまオレやめぞんと決定的に違う点だと思ってます。
まどかが恭介のことを好きなのに、ひかるちゃんの手前、一歩下がった立場にいたり、響子さんが総一郎さんとの結婚時代のことを考えて五代君の気持ちに答えるのに躊躇していたのとは違うんじゃないかと。
まどかや響子さんは自分が相手の気持ちに応えれば、一緒になれるということを知った上で、身を引いていたと言えると思うんだけど、若松みゆきの場合、真人が血のつながらない兄妹だと知った上で自分を妹として見るために距離を取っていると考えていたと思われるんですよ。
なので、若松みゆきは、結婚だってできる兄妹の関係で、自分は真人と結婚して一緒にいたいということをアピールし続けてきたと考えられるんじゃないかと。
でも、真人は鹿島みゆきと付き合っていて別れる気配は無いし、むしろ、どんどん関係が深まっていくように感じられるわけで。
最終巻の話しの中で、若松みゆきが真人の部屋にあった野球のバットを見て、子供の頃に二人で野球で遊んだことを思い出して、物思いに耽るシーンがあるんだけど、この時の気持ちって「結婚なんてできなくていいから、二人でずっと一緒に暮らしていたい」って感じだったんじゃないかと。
若松みゆきの方から真人に「結婚したい」って言い出せなかったのは、真人が兄妹の関係を保ちながら幸せになりたいと考えていると思ったからだと思うんですよ。
これは、最終回で竜一が言っていた「若松みゆきの願いは、若松真人の幸せ」って台詞でわかります。
だからこそ、最後に真人のほうから若松みゆきに告白することの重要さがわかるんです。
物語を通して、若松みゆきが待ち望んでいたのが真人からの告白だったから。
でまぁ、ちょっと前に出版されたあだち充本ってのを買って読んだら、あだち充先生自身、みゆきの最終回に描いた幼少期から大人になるまでのコマの絵が好きだって言っていたんだよ。
あだち充先生も、この漫画は若松みゆきが望んだ結末を迎える漫画なんだって考えていたんだなぁって思いましたね。
このあだち充本は大変素晴らしい本なので、中学校の国語の時間で読むべきだと思います。
この前、写真を掲載できなかったみゆきのCDがこれです。
ヴァージンVSの曲やテレビのOPバージョンも入っているからね。
で、このCDを探していたら、こんなカセットテープが出てきた。
みゆきも好きだったけど、ひばりくんも好きだったんだよねぇ。
僕的にはアニメ版の声も良かった。
ちなみに、このテープに入っていたのはBASICマガジンに掲載されていたX1Cs用の読者投稿ゲームでした。
今月の初旬に出張があって地方都市に行ったんですよ。
で、以前に同じ職場だった友人の鳥川さん(仮名)と飲んだときに、ストップひばりくんの話しになって、なんか、やっと時代がひばりくんに追いついたって感じだよねって感想になりました。
今どきのニューハーフって、本当にひばりくんと同じようだもんねぇ。
あと、みゆきフィーバーが続いている僕ですが、同時にうる星やつらフィーバーも続いています。
先月、隣の隣の隣の市に期間限定でうる星やつのショップができたって聞いて、いてもたってもいられず、愛車である連邦の白い悪魔(別名オーリス)に載って、行って来ましたよ。
ショップに行ったら僕みたいな50代のオジサンばかりなんじゃないかと思っていたんだけど、意外にも10代っぽい女の子のグループや、幼稚園くらいの子供を連れた30代くらいの女性が居て驚いてしまいました。
それで、若い子や親子連れの邪魔をしては悪いなって思って、売り場をコソコソと見て回っていたら、同じように動いている同世代だと思われるオバサンがいて、なんともいえない気持ちになりました。
なんてゆーか、お互いにがんばろーねって気持ちですかね。
ベストヒットUSAにAJRが出ていて、これも良かった。
ちょっと前から気にはなっていたんだよね。
ポストマローンやウィークエンドもいいけど、僕としてはAJRの曲みたいなのがしっくりきます。
2023-06-24 00:16
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みゆき その1 [レトロゲーム]
GWに実家に帰省して、久しぶりに電影少女のコミックを読みました。
電影少女は好きな漫画の一つなんだけど、10年に1度くらいのペースで「読みたい」の波が来るんですよ。
で、電影少女を読むと、必ず「みゆきが読みたい」の波が次に来ます。
これは、電影少女のヒロインのアイちゃんが「妹だからしょうがない」みたいなことを度々言うからなんです。
本当は主人公の洋太の事が好きなのに我慢して明るく振る舞ったりして、洋太もアイちゃんの事が好きだということから気を逸らすようにするという、この身の悶える展開を見ていると、その原点となったみゆきを読まずにはいられなくなってしまうということです。
で、みゆきを読み始めると、だいたい半年くらいは「みゆきフィーバー」みたいなのが続いて、やっと落ち着くって感じなんですな。
そんなわけで、また10年振りに「みゆきフィーバー」が始まったってわけです。
みゆきはね、僕の中では、うる星やつらに匹敵するナンバーワン漫画です。
読み返した回数も、かるく4桁はいっていると思うんだよね。
そもそもは、友人の臼杵くん(仮名)が、みゆきの大ファンで、毎週、少年ビッグコミックを読んでいたんで知りました。
最初の頃は、僕的には少年ビックコミックで1番好きだったのはエスパー魔美で、パーマンやバケルくんを描いている藤子F先生にしては、大人っぽくて、ちょっとエッチなところが最高で、魔美中心で読んでいました。
でまぁ、他の作品、例えばエリア88とか結婚ゲームとかと一緒にみゆきも読んでいたんだけど、徐々にみゆきに惹かれるようになって、アニメが放送している頃には、みゆきにドップリと浸かっていました。
あだち先生の漫画は、ナインとか陽当たり良好とかをみゆきの前に読んでいたんで、知らなかったわけじゃないんだけどね。
ナインのアニメなんかは日生ファミリースペシャルで放送したから、結構、みんな知っているし。
みゆきの連載時は中学生だった僕は、友達の蒲島君(仮名)と近宮君(仮名)とサンマ(3人麻雀)をしながら、よく、みゆきの感想を話し合っていました。
近宮君(仮名)は鹿島みゆき派だったから最終回の感想で「突然、勇ちゃんの結婚式で真人に振られたのが可哀想」って言っていたんだよね。
僕は若松みゆき派だったから、その点についてはあまり気にしなくて、そういう感想もあるんだなって思いました。
当時の僕の感想はというと、最終回で、親族控室の前を通った鹿島みゆきが偶然にも2人が血のつながらない兄妹だってことを知って、その瞬間に自分は振られるってことに気付いたと、そう僕は解釈しました。
だから、真人がスピーチで「みゆきと離れたくない」って言った瞬間の鹿島みゆきの表情が哀しみの表情じゃなくて「遂にその事に気付いてしまったんだ」っていう諦めの表情(僕にはそう見える)をしているんだと思ったわけです。
でまぁ、僕と近宮君(仮名)が若松みゆき派と鹿島みゆき派に分かれてあーだこーだ話していると、蒲島君(仮名)が「恋愛というのは、常に誰かを傷付けて成り立つものなんだよ」って言い始めて、ちょっとビックリしてしまいました。
中学生の僕にはそんな考えは思いつかなかったわけで。
みゆきって、妹系マンガの金字塔と言われるほどの作品なんで、僕なんかは妹系マンガと言えば真っ先にみゆきを思い出すんだけど、当時、蒲島君(仮名)に妹系マンガで好きなのって何?って尋ねたら「ピンクのカーテン」って言っていたんだよね。
正直言って、僕はピンクのカーテンはジョージ秋山が描いているってことくらいしかわからなかったから、どんな漫画なのか知らなかったけど、でも、中学生が読んで好きになる漫画じゃねーよなぁくらいにはわかってました。
今にして思えば、蒲島君(仮名)は見た目は中学生だったけど中身は50代のオッサンみたいな人でした。
そんな蒲島君(仮名)は今では設備会社の社長をやっていて、年に1回は一緒に飲む友達関係が続いています。
(もし失業したら蒲島君(仮名)の会社で雇ってもらおうとか考えているのは秘密です)
そうそう、蒲島君(仮名)は、好きな女性はシルビアクリステルって中学の頃から言っていて、実際に結婚した相手は外人でしたよ。
有言実行の男です。
近宮君(仮名)は20代の頃に会ったきりだけど、蒲島君(仮名)から彼の近況を聞いたりしていて、今なお独身という。
鹿島みゆきみたいな女性がいいって言っていたけど、まぁねぇ、あれは漫画の中の話だからさぁ。
今回、10年ぶりにみゆきを読んで、半世紀生きてきた今の僕の感想は、主に鹿島みゆきと勇ちゃんについての感想となります。
鹿島みゆきはおそらく、真人の妹が若松みゆきだということがわかった時点で、2人が惹かれあっているっていうことに気付いたんだと思います。
でも、真人のことが好きで、どうしても離れることができないと思って、高校も大学も同じところにして、なんとか真人の側に居ようとしたんじゃないかなって思うんです。
物語の終盤で出てくる勇ちゃんは、真人と若松みゆきの間にどうしたら自分が入り込めるかって考えた時に、結婚式まで自分のペースで進めるっていう強引な手法を取ったけど、それは勇ちゃんの望んでいた形では無かったんだと思います。
鹿島みゆきを見て、側にいるだけでは2人の間には入り込むことができないって、すぐにわかって、それで、あんな強引な形に持っていたんだと。
人生、いろいろと経験してくると、作品に対する感想というか、見方が変わってくるもんだなぁってことをヒシヒシと感じますね。
アニメ化された際に流れたH2Oの想い出がいっぱいもいい曲でした。
小遣いを貯めて、H2Oのアルバムを買って、ハーモニカで曲を練習しましたね。
なんでハーモニカかっていうと、当時はまだギターが弾けなかったからなんだけど。
これが、H2OのLPです。
何年か前にH2Oがテレビに出ているのを観て、CDが欲しくなって、CDも購入してしまいました。
(それまでは、みゆきのCDに入っていたのを聴いてたんですよ)
LPを買った当時は、アニメのOP曲だった10%の雨予報が、アニメではサビの部分で「みゆき?」って歌っているのに、アルバムでは「エブリデイ」って歌っているのを聴いて、アニメ版も収録して欲しいなぁって思いましたね。
でまぁ、アニメ版みゆきのアルバムを買うしかないかぁってことで買いに行ったら、MSX用のみゆきのゲームが付いていたんでビックリしました。
どんな風に付いていたかっていうと、レコードに入っている音声をデータレコーダで収録してMSXに読み込ませると遊べるよ、っていう感じのものです。
これが、みゆきのLPレコードです。
ゲームは「二人のみゆきDOORSゲーム」というやつで、パッと見ただけではどうプレイすればいいのかわからないものです。
あと、コンピュータグラフィックスも入っていました。
で、ピーガー音をテープに録音してデータレコーダに読み込ませて遊んでみたんだけど、まぁ、なんてゆーか、こんなもんかなって。
このゲームとCGなんだけど、後からMSXマガジンにプログラムリストが掲載されたような気がするんだよね。
ただ、このアルバムってすごく良くできているんですよ。
ミニドラマが収録されていて、それがラジオドラマみたいで、目を閉じて聴いているとみゆきの映像が鮮明に出てくるようでした。
アルバムは後にCDでも発売されて、LPだとさすがに扱いづらいということで、CDでも購入しました。
ただ、CD版にはMSXのゲームは含まれていなくて、そこんとこが残念だなぁって。
これがCD版です。
あと、アルバムの中の「夢のラジオシティ」って曲がヴァージンVSなんです。
そう!
僕の中では、うる星やつらの曲の中でも好きな曲の上位にある星空サイクリングの歌手です。
そうそう、当時、「みゆき THE 勝負師」というタイトルのゲームもあったんです。
内容はトランプを使った野球拳ゲームみたいなものらしくて、これはMSXマガジンに付いてきたソフウェアカタログで知ったので実物は見たことないんだけど、CGが若松みゆきみたいな感じなんだよね。
中学の頃はショートカットの女の子が好きで、アイドルも原田知世ちゃんが好きだったのは若松みゆきが好きだったのと関係があると思います。
いつの頃からロングヘアの女性が好きになったんだろう?
めぞんの響子さんやきまオレのまどかあたりからかもしれないなぁ…
その頃は、こずえちゃんやひかるちゃんは好みのタイプでは無かったから。
アニメ版みゆきは第3巻に出てくる、みゆきが父親と一緒に海外にまた行ってしまったと真人が勘違いする話しで終わっているんで、やはり最終回までアニメで観たかったっていうのはあります。
昨年、うる星やつらがリメイクしたわけだから、是非とも、みゆきもリメイクして最終回までアニメでやって欲しいなぁ。
電影少女は好きな漫画の一つなんだけど、10年に1度くらいのペースで「読みたい」の波が来るんですよ。
で、電影少女を読むと、必ず「みゆきが読みたい」の波が次に来ます。
これは、電影少女のヒロインのアイちゃんが「妹だからしょうがない」みたいなことを度々言うからなんです。
本当は主人公の洋太の事が好きなのに我慢して明るく振る舞ったりして、洋太もアイちゃんの事が好きだということから気を逸らすようにするという、この身の悶える展開を見ていると、その原点となったみゆきを読まずにはいられなくなってしまうということです。
で、みゆきを読み始めると、だいたい半年くらいは「みゆきフィーバー」みたいなのが続いて、やっと落ち着くって感じなんですな。
そんなわけで、また10年振りに「みゆきフィーバー」が始まったってわけです。
みゆきはね、僕の中では、うる星やつらに匹敵するナンバーワン漫画です。
読み返した回数も、かるく4桁はいっていると思うんだよね。
そもそもは、友人の臼杵くん(仮名)が、みゆきの大ファンで、毎週、少年ビッグコミックを読んでいたんで知りました。
最初の頃は、僕的には少年ビックコミックで1番好きだったのはエスパー魔美で、パーマンやバケルくんを描いている藤子F先生にしては、大人っぽくて、ちょっとエッチなところが最高で、魔美中心で読んでいました。
でまぁ、他の作品、例えばエリア88とか結婚ゲームとかと一緒にみゆきも読んでいたんだけど、徐々にみゆきに惹かれるようになって、アニメが放送している頃には、みゆきにドップリと浸かっていました。
あだち先生の漫画は、ナインとか陽当たり良好とかをみゆきの前に読んでいたんで、知らなかったわけじゃないんだけどね。
ナインのアニメなんかは日生ファミリースペシャルで放送したから、結構、みんな知っているし。
みゆきの連載時は中学生だった僕は、友達の蒲島君(仮名)と近宮君(仮名)とサンマ(3人麻雀)をしながら、よく、みゆきの感想を話し合っていました。
近宮君(仮名)は鹿島みゆき派だったから最終回の感想で「突然、勇ちゃんの結婚式で真人に振られたのが可哀想」って言っていたんだよね。
僕は若松みゆき派だったから、その点についてはあまり気にしなくて、そういう感想もあるんだなって思いました。
当時の僕の感想はというと、最終回で、親族控室の前を通った鹿島みゆきが偶然にも2人が血のつながらない兄妹だってことを知って、その瞬間に自分は振られるってことに気付いたと、そう僕は解釈しました。
だから、真人がスピーチで「みゆきと離れたくない」って言った瞬間の鹿島みゆきの表情が哀しみの表情じゃなくて「遂にその事に気付いてしまったんだ」っていう諦めの表情(僕にはそう見える)をしているんだと思ったわけです。
でまぁ、僕と近宮君(仮名)が若松みゆき派と鹿島みゆき派に分かれてあーだこーだ話していると、蒲島君(仮名)が「恋愛というのは、常に誰かを傷付けて成り立つものなんだよ」って言い始めて、ちょっとビックリしてしまいました。
中学生の僕にはそんな考えは思いつかなかったわけで。
みゆきって、妹系マンガの金字塔と言われるほどの作品なんで、僕なんかは妹系マンガと言えば真っ先にみゆきを思い出すんだけど、当時、蒲島君(仮名)に妹系マンガで好きなのって何?って尋ねたら「ピンクのカーテン」って言っていたんだよね。
正直言って、僕はピンクのカーテンはジョージ秋山が描いているってことくらいしかわからなかったから、どんな漫画なのか知らなかったけど、でも、中学生が読んで好きになる漫画じゃねーよなぁくらいにはわかってました。
今にして思えば、蒲島君(仮名)は見た目は中学生だったけど中身は50代のオッサンみたいな人でした。
そんな蒲島君(仮名)は今では設備会社の社長をやっていて、年に1回は一緒に飲む友達関係が続いています。
(もし失業したら蒲島君(仮名)の会社で雇ってもらおうとか考えているのは秘密です)
そうそう、蒲島君(仮名)は、好きな女性はシルビアクリステルって中学の頃から言っていて、実際に結婚した相手は外人でしたよ。
有言実行の男です。
近宮君(仮名)は20代の頃に会ったきりだけど、蒲島君(仮名)から彼の近況を聞いたりしていて、今なお独身という。
鹿島みゆきみたいな女性がいいって言っていたけど、まぁねぇ、あれは漫画の中の話だからさぁ。
今回、10年ぶりにみゆきを読んで、半世紀生きてきた今の僕の感想は、主に鹿島みゆきと勇ちゃんについての感想となります。
鹿島みゆきはおそらく、真人の妹が若松みゆきだということがわかった時点で、2人が惹かれあっているっていうことに気付いたんだと思います。
でも、真人のことが好きで、どうしても離れることができないと思って、高校も大学も同じところにして、なんとか真人の側に居ようとしたんじゃないかなって思うんです。
物語の終盤で出てくる勇ちゃんは、真人と若松みゆきの間にどうしたら自分が入り込めるかって考えた時に、結婚式まで自分のペースで進めるっていう強引な手法を取ったけど、それは勇ちゃんの望んでいた形では無かったんだと思います。
鹿島みゆきを見て、側にいるだけでは2人の間には入り込むことができないって、すぐにわかって、それで、あんな強引な形に持っていたんだと。
人生、いろいろと経験してくると、作品に対する感想というか、見方が変わってくるもんだなぁってことをヒシヒシと感じますね。
アニメ化された際に流れたH2Oの想い出がいっぱいもいい曲でした。
小遣いを貯めて、H2Oのアルバムを買って、ハーモニカで曲を練習しましたね。
なんでハーモニカかっていうと、当時はまだギターが弾けなかったからなんだけど。
これが、H2OのLPです。
何年か前にH2Oがテレビに出ているのを観て、CDが欲しくなって、CDも購入してしまいました。
(それまでは、みゆきのCDに入っていたのを聴いてたんですよ)
LPを買った当時は、アニメのOP曲だった10%の雨予報が、アニメではサビの部分で「みゆき?」って歌っているのに、アルバムでは「エブリデイ」って歌っているのを聴いて、アニメ版も収録して欲しいなぁって思いましたね。
でまぁ、アニメ版みゆきのアルバムを買うしかないかぁってことで買いに行ったら、MSX用のみゆきのゲームが付いていたんでビックリしました。
どんな風に付いていたかっていうと、レコードに入っている音声をデータレコーダで収録してMSXに読み込ませると遊べるよ、っていう感じのものです。
これが、みゆきのLPレコードです。
ゲームは「二人のみゆきDOORSゲーム」というやつで、パッと見ただけではどうプレイすればいいのかわからないものです。
あと、コンピュータグラフィックスも入っていました。
で、ピーガー音をテープに録音してデータレコーダに読み込ませて遊んでみたんだけど、まぁ、なんてゆーか、こんなもんかなって。
このゲームとCGなんだけど、後からMSXマガジンにプログラムリストが掲載されたような気がするんだよね。
ただ、このアルバムってすごく良くできているんですよ。
ミニドラマが収録されていて、それがラジオドラマみたいで、目を閉じて聴いているとみゆきの映像が鮮明に出てくるようでした。
アルバムは後にCDでも発売されて、LPだとさすがに扱いづらいということで、CDでも購入しました。
ただ、CD版にはMSXのゲームは含まれていなくて、そこんとこが残念だなぁって。
これがCD版です。
あと、アルバムの中の「夢のラジオシティ」って曲がヴァージンVSなんです。
そう!
僕の中では、うる星やつらの曲の中でも好きな曲の上位にある星空サイクリングの歌手です。
そうそう、当時、「みゆき THE 勝負師」というタイトルのゲームもあったんです。
内容はトランプを使った野球拳ゲームみたいなものらしくて、これはMSXマガジンに付いてきたソフウェアカタログで知ったので実物は見たことないんだけど、CGが若松みゆきみたいな感じなんだよね。
中学の頃はショートカットの女の子が好きで、アイドルも原田知世ちゃんが好きだったのは若松みゆきが好きだったのと関係があると思います。
いつの頃からロングヘアの女性が好きになったんだろう?
めぞんの響子さんやきまオレのまどかあたりからかもしれないなぁ…
その頃は、こずえちゃんやひかるちゃんは好みのタイプでは無かったから。
アニメ版みゆきは第3巻に出てくる、みゆきが父親と一緒に海外にまた行ってしまったと真人が勘違いする話しで終わっているんで、やはり最終回までアニメで観たかったっていうのはあります。
昨年、うる星やつらがリメイクしたわけだから、是非とも、みゆきもリメイクして最終回までアニメでやって欲しいなぁ。
2023-05-28 20:07
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昭和の頃から野球を観てますよ。 [レトロゲーム]
今月に入って、時間があればWBCを観ています。
僕は野球にすごく詳しいってわけじゃないけど、昔からわりと観ているので時代毎の有名な選手は知っていたりします。
なんていうか、習慣みたいな感じで。
王さんが世界一のホームラン王になったのは、僕が小学校低学年の頃だったかな。
まぁ、僕の子供の頃はプロ野球がゴールデンタイムに放送していて、みんなが観ていた時代です。
小学生の男子が学校に登校するときには、野球帽をかぶっていた時代だし、アイドルへのインタビューに「好きなプロ野球球団は?」のような質問項目があったりしたわけです。
で、今、WBCがやっているんで、やっぱり観てしまうんだよねぇ~。
僕の世代って、父親が野球や相撲を観ていれば、その横で一緒に観るっていうのが日常だったんだよね。
昭和の頃って、土日のテレビのチャンネル権は親にあったなぁって思うんですよ。
でもね、僕の場合、親の権限が強かったっていうわけではないんです。
そもそもNHK総合、NHK教育の他には民放が2局だったから、チャンネル数は全部で4つしかなかったんです。
当然ながら、衛星放送やケーブルテレビなんてものもないんです。
なので、テレビのチャンネルが少なかったから、そんなにテレビを観たいと思わなかったんですよ。
その後、小学校高学年の時に3局目の民放が始まって、高校生の頃に4局目の民放が始まりました。
ラジオは僕が高校を出るまで、FM局はNHKしか無かったなぁ。
大学進学のために東京に出て一番うれしかったのは、テレビ東京が観れるのと、NHK以外のFMラジオ局が聴けたことですかねぇ。
そうそう、野球の話し。
高校の頃は日ハムを応援していました。まだ、東京ドームがホームの頃です。
西島、田村、中島、白井、イースラーとかの時代ですかね。
巨人だと齊藤、槇原、中畑、クロマティ、篠塚、駒田。
まぁ、ずいぶんと昔の話しです。
そんなわけだから、パソコンゲームってゲームの黎明期の頃から野球が人気があったわけです。
僕の友達の臼杵くん(仮名)なんかは、高校野球&プロ野球に詳しくて、パソコン用の野球ゲームが出ると、すぐに買っていましたね。
臼杵くん(仮名)が好んでプレイしていたのがハドソンの野球狂でした。
ハドソンから発売されていたんだけど、シャープから「X1シリーズ ソフトウェアパック」っていう形で、いくつかのソフトと抱き合わせでも販売されていました。
臼杵くん(仮名)は単体で買ったけど、僕はパックの方を買いました。
これが、パッケージの表面です。
パッケージの裏面です。
テープ6本で構成されています。
X1ユーザの場合、テープ版を購入する人の方が多かったんじゃないかなぁ。
野球狂とフラッピーはキラータイトルだけど、激走もぐらたたきとかユーカラJJとかいらなかったなぁ、と。
だってねぇ、高校生でプリンターを持っている人なんていないですよ。
そんな状況でワープロソフトとかあっても、どーしよーもないです。
これはPC-6001mk2で遊んでいたビクトリアスナインです。
パッケージの表面です。
この真ん中の人は原さんだよね。
緑のユニフォームの人は香川だと思います。
ピッチャーは誰だろう?西武にいた郭かなぁ。
バッターはバースかなぁ...
パッケージの裏面です。
僕の場合、PC-6001mk2はテープがメインメディアでした。
当時、I/O(1985年7月号)に掲載されていた雑誌広告です。
3Dタイプでズーム機能が付いているっていうのが、すごくリアルさを演出していたんだよね。
MSX2をメインで使っていたから、僕の場合はMSX用の野球ゲームも買っていました。
これはソニーが販売していた「プレイボール3」で、結構面白かったんですよ。
パッケージの表面です。
パッケージの裏面です。
ディスク版でした。
マニュアルです。
当時としては、すごく細かい操作ができたゲームだったと思いますよ。
あとね、このイラストがいい感じなんだなぁ。
その後、大学生になってX68Kを買ったので「生中継68」を買いました。
これはもう、ゲーセンレベルでしたね。
さすがはX68000って感心しました。
パッケージの表面です。
パッケージの裏面です。
5インチ版です。
これがマニュアルです。
キャスターと解説者の3人が描かれているけど、高井ってのは元ヤクルトの古田さんの奥さんのことじゃないかと。
十橋はもう土橋さんですね。
近野ってのは誰なんだろう?
で、今日、ビデオに録画してある令和版うる星やつらの面倒ととんちゃんの話しを見直していたんだけど、よくよく考えると、この二人って野球で勝負しているんだよねぇ。
これ、原作も野球で勝負しているんです。
やっぱり、昭和のスポーツと言えば野球なんですかね。
令和版うる星やつらは、ホント、キャラが可愛いし、映像もテンポ良くて観やすいから、何度も観てしまいます。
これ、しまむらだかアベイルで売っていた、うる星やつらのタオルです。
僕的に、一番気に入っているのは、この柄のタオルです。
阪神ファンじゃないけど、うる星やつらにはトラ縞が一番似合うよね。
このタオルを振り回しながら、明日のWBC決勝戦を応援したいんだけど、明日は営業で外回りをしなければならないんで、車内のラジオを聴いて応援したいと思います。
僕は野球にすごく詳しいってわけじゃないけど、昔からわりと観ているので時代毎の有名な選手は知っていたりします。
なんていうか、習慣みたいな感じで。
王さんが世界一のホームラン王になったのは、僕が小学校低学年の頃だったかな。
まぁ、僕の子供の頃はプロ野球がゴールデンタイムに放送していて、みんなが観ていた時代です。
小学生の男子が学校に登校するときには、野球帽をかぶっていた時代だし、アイドルへのインタビューに「好きなプロ野球球団は?」のような質問項目があったりしたわけです。
で、今、WBCがやっているんで、やっぱり観てしまうんだよねぇ~。
僕の世代って、父親が野球や相撲を観ていれば、その横で一緒に観るっていうのが日常だったんだよね。
昭和の頃って、土日のテレビのチャンネル権は親にあったなぁって思うんですよ。
でもね、僕の場合、親の権限が強かったっていうわけではないんです。
そもそもNHK総合、NHK教育の他には民放が2局だったから、チャンネル数は全部で4つしかなかったんです。
当然ながら、衛星放送やケーブルテレビなんてものもないんです。
なので、テレビのチャンネルが少なかったから、そんなにテレビを観たいと思わなかったんですよ。
その後、小学校高学年の時に3局目の民放が始まって、高校生の頃に4局目の民放が始まりました。
ラジオは僕が高校を出るまで、FM局はNHKしか無かったなぁ。
大学進学のために東京に出て一番うれしかったのは、テレビ東京が観れるのと、NHK以外のFMラジオ局が聴けたことですかねぇ。
そうそう、野球の話し。
高校の頃は日ハムを応援していました。まだ、東京ドームがホームの頃です。
西島、田村、中島、白井、イースラーとかの時代ですかね。
巨人だと齊藤、槇原、中畑、クロマティ、篠塚、駒田。
まぁ、ずいぶんと昔の話しです。
そんなわけだから、パソコンゲームってゲームの黎明期の頃から野球が人気があったわけです。
僕の友達の臼杵くん(仮名)なんかは、高校野球&プロ野球に詳しくて、パソコン用の野球ゲームが出ると、すぐに買っていましたね。
臼杵くん(仮名)が好んでプレイしていたのがハドソンの野球狂でした。
ハドソンから発売されていたんだけど、シャープから「X1シリーズ ソフトウェアパック」っていう形で、いくつかのソフトと抱き合わせでも販売されていました。
臼杵くん(仮名)は単体で買ったけど、僕はパックの方を買いました。
これが、パッケージの表面です。
パッケージの裏面です。
テープ6本で構成されています。
X1ユーザの場合、テープ版を購入する人の方が多かったんじゃないかなぁ。
野球狂とフラッピーはキラータイトルだけど、激走もぐらたたきとかユーカラJJとかいらなかったなぁ、と。
だってねぇ、高校生でプリンターを持っている人なんていないですよ。
そんな状況でワープロソフトとかあっても、どーしよーもないです。
これはPC-6001mk2で遊んでいたビクトリアスナインです。
パッケージの表面です。
この真ん中の人は原さんだよね。
緑のユニフォームの人は香川だと思います。
ピッチャーは誰だろう?西武にいた郭かなぁ。
バッターはバースかなぁ...
パッケージの裏面です。
僕の場合、PC-6001mk2はテープがメインメディアでした。
当時、I/O(1985年7月号)に掲載されていた雑誌広告です。
3Dタイプでズーム機能が付いているっていうのが、すごくリアルさを演出していたんだよね。
MSX2をメインで使っていたから、僕の場合はMSX用の野球ゲームも買っていました。
これはソニーが販売していた「プレイボール3」で、結構面白かったんですよ。
パッケージの表面です。
パッケージの裏面です。
ディスク版でした。
マニュアルです。
当時としては、すごく細かい操作ができたゲームだったと思いますよ。
あとね、このイラストがいい感じなんだなぁ。
その後、大学生になってX68Kを買ったので「生中継68」を買いました。
これはもう、ゲーセンレベルでしたね。
さすがはX68000って感心しました。
パッケージの表面です。
パッケージの裏面です。
5インチ版です。
これがマニュアルです。
キャスターと解説者の3人が描かれているけど、高井ってのは元ヤクルトの古田さんの奥さんのことじゃないかと。
十橋はもう土橋さんですね。
近野ってのは誰なんだろう?
で、今日、ビデオに録画してある令和版うる星やつらの面倒ととんちゃんの話しを見直していたんだけど、よくよく考えると、この二人って野球で勝負しているんだよねぇ。
これ、原作も野球で勝負しているんです。
やっぱり、昭和のスポーツと言えば野球なんですかね。
令和版うる星やつらは、ホント、キャラが可愛いし、映像もテンポ良くて観やすいから、何度も観てしまいます。
これ、しまむらだかアベイルで売っていた、うる星やつらのタオルです。
僕的に、一番気に入っているのは、この柄のタオルです。
阪神ファンじゃないけど、うる星やつらにはトラ縞が一番似合うよね。
このタオルを振り回しながら、明日のWBC決勝戦を応援したいんだけど、明日は営業で外回りをしなければならないんで、車内のラジオを聴いて応援したいと思います。
2023-03-21 18:49
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ザナドゥとベストヒットUSA [レトロゲーム]
今年もあと1日になりましたねぇ。
今年は、サッカーのワールドカップがあったとか、ロシアが軍事侵攻したとか、2022年はいろいろなことがあったなぁと、後から振り返ることになるんだろうと思うけど、2~3年もすれば2022年にあったことなんて忘れてしまうんだろうなぁとか思います。
先日なんか、東京オリンピックが今年あったのか去年あったのかさえあやふやになっていたし。
そんな年の瀬に、ベストヒットUSAが2時間スペシャルで放送されましたね。
当然ながら、観ました。
番組で小林克也さんが言っていたけど、ハリー・スタイルズの曲ってA-haに似てるよなぁって僕も思っていたんですよ。
インタビューにA-haが出てきたのも嬉しかった。
スティングもZOOMで出演していましたね。
20年くらい前にアリー・マイ・ラブに出演した時は、まだ、ちょっと年を取ったかなくらいの感じだったけど、今日観たらもうおじいちゃんだったなぁ...
その後に流れたイングリッシュマン・イン・ニューヨークのミュージックビデオのスティングの若いこと...
イングリッシュマン・イン・ニューヨークは中学の時の同級生で仲の良かった友人の松池君(仮名)がスティング好きで、よく聴いていたんだよね。
松池君(仮名)はいい人で、僕の行っていた大学の向いにあったH大学に入学して、公認会計士を目指して大学と専門学校のダブルスクールをしていたんです。
だけど、結局、公認会計士にはなれなかったんですよ。
大学を卒業しても、アルバイトをしながら20代後半くらいまで試験を受けていたんだけど、いよいよ諦めて田舎に帰るってことになって、当時、彼が住んでいた東武練馬駅近くのアパートに行って一緒に食事をしたんだけど、その時にも聴いていたのがスティングとピーターガブリエルだったんですね。
その後、地元に帰った松池君(仮名)は中学の時の同級生の女の子と結婚して、仕事の都合で千葉に引っ越しをして、そのまま千葉に家を買って暮らしています。
仕事はコンピュータ会社の営業だって言ってたっけ。
一度、お盆の時期に地元の駅で偶然会って、10分くらい会話をしたんだけど、当たり障りの無い内容しか話さなかったなぁ...ってなことを思い出しましたね、スティングの歌を聴いて。
オリビア・ニュートン・ジョンのザナドゥのビデオも流れてテンション上がりました。
まさに僕の中のアイドルソングです!
80年代のOVAのエンディング曲って感じですかね。
ザナドゥって言うと往年のパソコンゲームのファイルコムのザナドゥを思い出したりもします。
「ザナドゥ」って単語は、僕の中では2度美味しいって感じの単語です。
そして、ザナドゥはパソコンゲーム史を語る上で外すことのできないゲームです。
僕が最初にやったのはX1用テープ版でした。
なぜかって言うと、その頃はX1Csを使っていたのでテープ版でないと遊べなかったからです。
いつものように、パソコン仲間の臼杵くん(仮名)の家で一緒に遊びました。
テープ版では、キャラクターメイキングやゲーム本編のロードに40分近くかかったため、ロード時間中はテレビを観たり漫画を読んだりしていましたねぇ。
臼杵くん(仮名)なんかは、週末の夜に遊ぶときは、ロード時間中にお風呂に入ってハミガキしてからプレイしていました。
今から考えると、40分近く待たないと始められないゲームを、よくやっていたなぁと思いますよ。
でも、フロッピーディスクドライブは値段が高くて、とてもじゃないけど、個人がホビーで持つことなんて、そう簡単にはできなかったから。
だから、たとえ40分近く待たなくてはならないとしても、ザナドゥが遊べるってことだけで、すごく嬉しかったわけです。
ただ、ゲームで主人公が持つ武器が変わると、そのためのグラフィックデータを5分くらいかけて読み込まなければならなくて、途中からグラフィックデータを読み込まなくても内部データは変更されていることがわかったので、武器を新しくしてもグラフィックデータは読み込まないでプレイしていました。
なので、武器のデータは最高値に近いのに、主人公が持っているのはショートソードといった感じでした。
マイナー調のBGMが、先の見通せない冒険の雰囲気をよく表していましたね。
今でも、仕事で外回りをしたときに知らない建物の中を案内されている間は、ザナドゥのBGMが頭の中で鳴り響きます。
その後、X1 turbo Model30を買ったのでディスク版のザナドゥを手に入れて再度遊びました。
これが、X1用5インチディスク版のザナドゥです。
ザナドゥってドラゴンスレイヤーの続編だったので、パッケージの裏にはドラゴンスレイヤー2と書いてあります。
これがパッケージの裏です。
これが、5インチのゲームディスクです。
SSTって、当時のいくつかのゲーム会社が集まって作っていたグループというかまとまりです。
なのでエンベロープにはファルコムの他にゲームアーツとかBPSとか他の会社の社名も入っています。
それと、マニュアルです。
ザナドゥは初代MSX用にROMカセット版も出ています。
メガロムによって実現したわけです。
このパッケージは、よく雑誌の広告に出ていたから有名ですね。
パッケージの裏面です。
MSXだと16色しか使えないし、8ドット内に2色という制限があったから、実に味のあるグラフィックになってます。
僕的には、このグラフィックにはぐっとくるものがありますよ。
当たり前だけど、マニュアルはX1版と変わらないです。
その後、ザナドゥ復刻版と完全復刻版ザナドゥも買ってしまったし。
これが復刻版、
で、これが完全復刻版です。
それにしても、ベストヒットUSAを観ながらビー350mLを1缶ルと500mL缶チューハイを1缶飲んだんだけど、歳のせいか酔いが早くまわってきて眠いです。
今月、人間ドックに行ったら肝臓が要検査になってしまい、その後、消化器内科に行ってきんだけど、量を減らして週末だけ飲むようにしなさいって言われました。
あと、甘いものを控えてって。
そう言われた次の日に、ご飯を食べている途中で歯が欠けてしまって、慌てて歯科に行ったら虫歯だって言われました。
なんてゆーか、頭の中はハッキリ、クッキリなんだけど、体の衰えが...
ザナドゥは、もう少し話したいなぁ...
今年は、サッカーのワールドカップがあったとか、ロシアが軍事侵攻したとか、2022年はいろいろなことがあったなぁと、後から振り返ることになるんだろうと思うけど、2~3年もすれば2022年にあったことなんて忘れてしまうんだろうなぁとか思います。
先日なんか、東京オリンピックが今年あったのか去年あったのかさえあやふやになっていたし。
そんな年の瀬に、ベストヒットUSAが2時間スペシャルで放送されましたね。
当然ながら、観ました。
番組で小林克也さんが言っていたけど、ハリー・スタイルズの曲ってA-haに似てるよなぁって僕も思っていたんですよ。
インタビューにA-haが出てきたのも嬉しかった。
スティングもZOOMで出演していましたね。
20年くらい前にアリー・マイ・ラブに出演した時は、まだ、ちょっと年を取ったかなくらいの感じだったけど、今日観たらもうおじいちゃんだったなぁ...
その後に流れたイングリッシュマン・イン・ニューヨークのミュージックビデオのスティングの若いこと...
イングリッシュマン・イン・ニューヨークは中学の時の同級生で仲の良かった友人の松池君(仮名)がスティング好きで、よく聴いていたんだよね。
松池君(仮名)はいい人で、僕の行っていた大学の向いにあったH大学に入学して、公認会計士を目指して大学と専門学校のダブルスクールをしていたんです。
だけど、結局、公認会計士にはなれなかったんですよ。
大学を卒業しても、アルバイトをしながら20代後半くらいまで試験を受けていたんだけど、いよいよ諦めて田舎に帰るってことになって、当時、彼が住んでいた東武練馬駅近くのアパートに行って一緒に食事をしたんだけど、その時にも聴いていたのがスティングとピーターガブリエルだったんですね。
その後、地元に帰った松池君(仮名)は中学の時の同級生の女の子と結婚して、仕事の都合で千葉に引っ越しをして、そのまま千葉に家を買って暮らしています。
仕事はコンピュータ会社の営業だって言ってたっけ。
一度、お盆の時期に地元の駅で偶然会って、10分くらい会話をしたんだけど、当たり障りの無い内容しか話さなかったなぁ...ってなことを思い出しましたね、スティングの歌を聴いて。
オリビア・ニュートン・ジョンのザナドゥのビデオも流れてテンション上がりました。
まさに僕の中のアイドルソングです!
80年代のOVAのエンディング曲って感じですかね。
ザナドゥって言うと往年のパソコンゲームのファイルコムのザナドゥを思い出したりもします。
「ザナドゥ」って単語は、僕の中では2度美味しいって感じの単語です。
そして、ザナドゥはパソコンゲーム史を語る上で外すことのできないゲームです。
僕が最初にやったのはX1用テープ版でした。
なぜかって言うと、その頃はX1Csを使っていたのでテープ版でないと遊べなかったからです。
いつものように、パソコン仲間の臼杵くん(仮名)の家で一緒に遊びました。
テープ版では、キャラクターメイキングやゲーム本編のロードに40分近くかかったため、ロード時間中はテレビを観たり漫画を読んだりしていましたねぇ。
臼杵くん(仮名)なんかは、週末の夜に遊ぶときは、ロード時間中にお風呂に入ってハミガキしてからプレイしていました。
今から考えると、40分近く待たないと始められないゲームを、よくやっていたなぁと思いますよ。
でも、フロッピーディスクドライブは値段が高くて、とてもじゃないけど、個人がホビーで持つことなんて、そう簡単にはできなかったから。
だから、たとえ40分近く待たなくてはならないとしても、ザナドゥが遊べるってことだけで、すごく嬉しかったわけです。
ただ、ゲームで主人公が持つ武器が変わると、そのためのグラフィックデータを5分くらいかけて読み込まなければならなくて、途中からグラフィックデータを読み込まなくても内部データは変更されていることがわかったので、武器を新しくしてもグラフィックデータは読み込まないでプレイしていました。
なので、武器のデータは最高値に近いのに、主人公が持っているのはショートソードといった感じでした。
マイナー調のBGMが、先の見通せない冒険の雰囲気をよく表していましたね。
今でも、仕事で外回りをしたときに知らない建物の中を案内されている間は、ザナドゥのBGMが頭の中で鳴り響きます。
その後、X1 turbo Model30を買ったのでディスク版のザナドゥを手に入れて再度遊びました。
これが、X1用5インチディスク版のザナドゥです。
ザナドゥってドラゴンスレイヤーの続編だったので、パッケージの裏にはドラゴンスレイヤー2と書いてあります。
これがパッケージの裏です。
これが、5インチのゲームディスクです。
SSTって、当時のいくつかのゲーム会社が集まって作っていたグループというかまとまりです。
なのでエンベロープにはファルコムの他にゲームアーツとかBPSとか他の会社の社名も入っています。
それと、マニュアルです。
ザナドゥは初代MSX用にROMカセット版も出ています。
メガロムによって実現したわけです。
このパッケージは、よく雑誌の広告に出ていたから有名ですね。
パッケージの裏面です。
MSXだと16色しか使えないし、8ドット内に2色という制限があったから、実に味のあるグラフィックになってます。
僕的には、このグラフィックにはぐっとくるものがありますよ。
当たり前だけど、マニュアルはX1版と変わらないです。
その後、ザナドゥ復刻版と完全復刻版ザナドゥも買ってしまったし。
これが復刻版、
で、これが完全復刻版です。
それにしても、ベストヒットUSAを観ながらビー350mLを1缶ルと500mL缶チューハイを1缶飲んだんだけど、歳のせいか酔いが早くまわってきて眠いです。
今月、人間ドックに行ったら肝臓が要検査になってしまい、その後、消化器内科に行ってきんだけど、量を減らして週末だけ飲むようにしなさいって言われました。
あと、甘いものを控えてって。
そう言われた次の日に、ご飯を食べている途中で歯が欠けてしまって、慌てて歯科に行ったら虫歯だって言われました。
なんてゆーか、頭の中はハッキリ、クッキリなんだけど、体の衰えが...
ザナドゥは、もう少し話したいなぁ...
2022-12-31 01:12
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アリオンと安彦さん その2 [レトロゲーム]
今週のベストヒットUSAはビリー・ジョエルでしたね。
歌手生活50周年だそうです。すごいですな。
レコードもCDも持っているけど、去年だったかにこんな本も買っています。
ビリー・ジョエルの半生が書かれていて、僕としては読んで面白かったですよ。
中学生の頃はピアノマンとかアレンタウンなんかが好きで、ピアノマンが弾けるようになりたいなぁって思ってギターで練習していましたね。←ピアノが無かったから。
ところで、ビリー・ジョエルとはあまり関係無いんだけど、安彦さんの話しをもうちょっとしたいんで書きます。
僕が、安彦さんの映画で最初に観たのはアリオンでした。
ある時、リュウって雑誌に連載していた漫画版アリオンを友達のお兄さんが教えてくれたんです。
その人は、コミックトムに連載していたタイムパトロールぼんとかマイケル・ジャクソンのビート・イットとかも教えてくれた人で、少年期の僕にカルチャーを教えてくれた人です。
当時、そのお兄さんは高校生だったんだけど、海外の官能小説を原書で読むような人で、すごい人だなぁと思っていました。
なにしろ、当時の僕はフランス書院の翻訳されたのでないと海外の官能小説なんて読むことはできなかったですからね。
で、アリオンにはまってコミックを買って読んでいたら、アニメ映画化するってことを知って、上映するとすぐに観に行きました。
僕の実家は地方都市ではあったけど、駅前に映画館は5つあったので大抵の映画は上映されていましたよ。
アリオンは傑作でしたね。
アリオンの世界観に浸りたかった僕は、その後レコードを買いに行きました。
それで、この2枚を買いました。
当時はビデオとかで売っていなかったから、音楽を聴いて映像を思い浮かべるわけです。
思い浮かべながら、ついでに雑誌の特集記事なんかも見て、さらに想像力を働かせるというのが、当時の僕の楽しみ方でした。
多分、他の人もそうだったんだと思うんだけど。
LPの裏面にはアニメージュレコードってあります。
そういえば、アニメージュレコードってありましたねぇ。
あと、アニメージュ文庫とか。
そして、主題歌はペガサスの少女でした。
当時のアニメディアの付録で付いていた楽譜集に、ペガサスの少女の楽譜が載っています。
中学生の頃にハーモニカの練習もしていた僕は、この楽譜を見ながら吹いたりしていたのを憶えています。
これが、楽譜集の表紙です。
目次になります。
「秘密く・だ・さ・い」はメガゾーン23の主題歌ですね。
これもいい歌です。
あと、北斗の拳の映画もこの頃だったんですね。
ペガサスの少女を歌っていたのは後藤恭子さんでしたね。
コラムの欄に「キャピルン・フィフティーン」って書いていあるのが時代を感じます。
今、こんなこと書いたら何かの暗号かと思われてしまいますよ。
最後のページに1985年のアニメレコードの売り上げベスト5が載っています。
シングルの1位が聖子ちゃんっていうのは納得です。
4位のうしろゆびさされ組を抑えてルパンやタッチの歌が上位っていうのは、アニメソングの順位ならではって感じですかね。
僕的には5位のダーティペアの主題歌が、当時は一番好きなアニメソングでしたね。
アリオンは、当時、かなり話題になった作品だったんで、当然ながらゲームになりました。
僕は、PC-8801mkⅡSRを持っていた建設会社の社長の息子で金持ちだった金成君(仮名)の家でPC-88版を遊びました。
金成君と折半でソフトを購入したんだけど、後で譲ってもらいました。
パッケージです。
アニメ作品そのままのような画面で、雑誌でデジタイズ画像とかって紹介されていた気がします。
まぁ、ようするにフィルムの映像をスキャンした画像ってことなんだと思います。
当時は、アニメと同じ映像を見てゲームができるなんてスゴイ!って思いましたけど。
ディスクレーベルがアリオンとレスフィーナで、最高です!
ゲームのマニュアルです。
映画のパンフレットのような感じに作ってあります。
ゲームの内容は映画のストーリーを追うようなものだったと思います。
当時は、もう一度映画を観たような気分になったけど、そう何回もプレイすることはなかったですね。
でまぁ、アラフォーになって改めてアリオンが観たいなぁって思ってDVDで購入しました。
今はブルーレイで出ているようなので、買おうかどうしようか迷ってます。
そうそう、最初に観た安彦監督の作品は巨神ゴーグです。
ゴーグってアリオンよりも前になります。
ゴーグは今でも好きなアニメのトップ5に入ります。
当時は、テレビ放映の前にビデオで最終回がリリースされて話題になったと記憶してます。
実家の近所にあった某N大学のアニメーション研究会が、大学祭で一足先に上映していたのを覚えています。
とにかく絵も話しも好きだったので、大人になってからレーザーディスクでもDVDでもボックスを買いました。
巨神ゴーグが放映していた頃は、落書き帳に巨神ゴーグの模写ばかりしていたんで、安彦さん風な絵ばかり描くようになっていましたね。
あと、ゴーグはヒロインのドリスが可愛かったんですよ。
以前にも書いたけど、30代の頃に神奈川で働いていた時があったんですが、半年間勤務するという期間限定の仕事だったんで、せっかく関東にいるんだからワンフェスに行ってみようと思い、休日に幕張メッセまで行ったことがあります。
その時の会場では、海洋堂の宮脇さんとか 園田健一さんとかがトークショーをしていました。
でまぁ、トークショーを一通り聞いて会場内をブラブラとしていたら、ドリスのフィギュアを販売しているブースがあったんです。
メインはドリスではなくて、当時流行っていた精霊の守り人のバルサのフィギュアだったんだけど、僕的には飾られた完成品の端っこにあったドリスにフォーカスしてしまいました。
それで、ブースにいた人に「ドリスを買いたいんですけど...」って言ったら、その人がビックリして「ドリスを買ってくれるんですか?」みたいに尋ねてきたんですよ。
そして、ブースの後ろにいた人達に「ドリスを買う人が表れた!」って振り向いて言ったら、3人の男性が「ドリスを買ってくれる人がいるの?」って言いながら集まってきたんです。
作った方もそうそう売れるとは思っていなかったっていうのと、本放映から20数年経過しているなかでゴーグのフィギュアを買い求めるって人はどんな人間か?っていう興味から集まってきたんだと思います。
どんな話しをしたのかは、もう忘れてしまったんだけど、ゴーグは最高ですよねみたいなことを話したんだと思います。
あと、僕は通っていた大学が飯田橋にあったんで、毎週末、お茶の水と秋葉原に行ってました。
言うまでもなく、お茶の水は楽器屋めぐりで秋葉原はパソコンショップ巡りです。
当時の秋葉原ではツクモとかソフマップとかラオックスとかメジャーなショップは当然ながら、AMIGAやATARIのソフトウェアを扱っていたマイナーなショップも毎週まわっていましたね。
確か、昌平小学校の近くのビルの2階にあったお店だと思うんだけど、AMIGA関連のハードやソフトウェアをたくさん売っていたところに行ったときに、レジの横で安彦さんのイラストデータが納められたディスクが売っていたんですよ。
目にしたとたん、速攻で購入しました。
これがそのディスクです。
パッケージの裏には若き日の顔写真とサインがあります。
ディスクにもサインが書かれています。
僕が持っている安彦さんのサインはこれだけなんだけど、とりあえずサインが手に入って嬉しかった記憶があります。
安彦さんのイラスト集は好評だったのか、第2弾も発売されました。
ダーティペアが表紙です。
いやぁ、この頃のユリとケイのイラストが僕の中ではしっくりきますねぇ。
安彦さんのイラストデータは、今でも壁紙に使ったりしています。
あと、中に入っていたハガキが郵便番号が3桁で切手代が50円っていうところが懐かしいですな。
そうそう、番組の最後に流れたチープ・トリックの武道館コンサートの映像も良かったです。
1978年というから、僕なんかまだ小学生ですよ。
78って聞くと、たいていは誰もが大和和紀さんのアラミス'78とかを思い出しますね。
何気にチープ・トリックもデビュー45周年だと小林克也さんが教えてくれて、ちょいとビックリです。
歌手生活50周年だそうです。すごいですな。
レコードもCDも持っているけど、去年だったかにこんな本も買っています。
ビリー・ジョエルの半生が書かれていて、僕としては読んで面白かったですよ。
中学生の頃はピアノマンとかアレンタウンなんかが好きで、ピアノマンが弾けるようになりたいなぁって思ってギターで練習していましたね。←ピアノが無かったから。
ところで、ビリー・ジョエルとはあまり関係無いんだけど、安彦さんの話しをもうちょっとしたいんで書きます。
僕が、安彦さんの映画で最初に観たのはアリオンでした。
ある時、リュウって雑誌に連載していた漫画版アリオンを友達のお兄さんが教えてくれたんです。
その人は、コミックトムに連載していたタイムパトロールぼんとかマイケル・ジャクソンのビート・イットとかも教えてくれた人で、少年期の僕にカルチャーを教えてくれた人です。
当時、そのお兄さんは高校生だったんだけど、海外の官能小説を原書で読むような人で、すごい人だなぁと思っていました。
なにしろ、当時の僕はフランス書院の翻訳されたのでないと海外の官能小説なんて読むことはできなかったですからね。
で、アリオンにはまってコミックを買って読んでいたら、アニメ映画化するってことを知って、上映するとすぐに観に行きました。
僕の実家は地方都市ではあったけど、駅前に映画館は5つあったので大抵の映画は上映されていましたよ。
アリオンは傑作でしたね。
アリオンの世界観に浸りたかった僕は、その後レコードを買いに行きました。
それで、この2枚を買いました。
当時はビデオとかで売っていなかったから、音楽を聴いて映像を思い浮かべるわけです。
思い浮かべながら、ついでに雑誌の特集記事なんかも見て、さらに想像力を働かせるというのが、当時の僕の楽しみ方でした。
多分、他の人もそうだったんだと思うんだけど。
LPの裏面にはアニメージュレコードってあります。
そういえば、アニメージュレコードってありましたねぇ。
あと、アニメージュ文庫とか。
そして、主題歌はペガサスの少女でした。
当時のアニメディアの付録で付いていた楽譜集に、ペガサスの少女の楽譜が載っています。
中学生の頃にハーモニカの練習もしていた僕は、この楽譜を見ながら吹いたりしていたのを憶えています。
これが、楽譜集の表紙です。
目次になります。
「秘密く・だ・さ・い」はメガゾーン23の主題歌ですね。
これもいい歌です。
あと、北斗の拳の映画もこの頃だったんですね。
ペガサスの少女を歌っていたのは後藤恭子さんでしたね。
コラムの欄に「キャピルン・フィフティーン」って書いていあるのが時代を感じます。
今、こんなこと書いたら何かの暗号かと思われてしまいますよ。
最後のページに1985年のアニメレコードの売り上げベスト5が載っています。
シングルの1位が聖子ちゃんっていうのは納得です。
4位のうしろゆびさされ組を抑えてルパンやタッチの歌が上位っていうのは、アニメソングの順位ならではって感じですかね。
僕的には5位のダーティペアの主題歌が、当時は一番好きなアニメソングでしたね。
アリオンは、当時、かなり話題になった作品だったんで、当然ながらゲームになりました。
僕は、PC-8801mkⅡSRを持っていた建設会社の社長の息子で金持ちだった金成君(仮名)の家でPC-88版を遊びました。
金成君と折半でソフトを購入したんだけど、後で譲ってもらいました。
パッケージです。
アニメ作品そのままのような画面で、雑誌でデジタイズ画像とかって紹介されていた気がします。
まぁ、ようするにフィルムの映像をスキャンした画像ってことなんだと思います。
当時は、アニメと同じ映像を見てゲームができるなんてスゴイ!って思いましたけど。
ディスクレーベルがアリオンとレスフィーナで、最高です!
ゲームのマニュアルです。
映画のパンフレットのような感じに作ってあります。
ゲームの内容は映画のストーリーを追うようなものだったと思います。
当時は、もう一度映画を観たような気分になったけど、そう何回もプレイすることはなかったですね。
でまぁ、アラフォーになって改めてアリオンが観たいなぁって思ってDVDで購入しました。
今はブルーレイで出ているようなので、買おうかどうしようか迷ってます。
そうそう、最初に観た安彦監督の作品は巨神ゴーグです。
ゴーグってアリオンよりも前になります。
ゴーグは今でも好きなアニメのトップ5に入ります。
当時は、テレビ放映の前にビデオで最終回がリリースされて話題になったと記憶してます。
実家の近所にあった某N大学のアニメーション研究会が、大学祭で一足先に上映していたのを覚えています。
とにかく絵も話しも好きだったので、大人になってからレーザーディスクでもDVDでもボックスを買いました。
巨神ゴーグが放映していた頃は、落書き帳に巨神ゴーグの模写ばかりしていたんで、安彦さん風な絵ばかり描くようになっていましたね。
あと、ゴーグはヒロインのドリスが可愛かったんですよ。
以前にも書いたけど、30代の頃に神奈川で働いていた時があったんですが、半年間勤務するという期間限定の仕事だったんで、せっかく関東にいるんだからワンフェスに行ってみようと思い、休日に幕張メッセまで行ったことがあります。
その時の会場では、海洋堂の宮脇さんとか 園田健一さんとかがトークショーをしていました。
でまぁ、トークショーを一通り聞いて会場内をブラブラとしていたら、ドリスのフィギュアを販売しているブースがあったんです。
メインはドリスではなくて、当時流行っていた精霊の守り人のバルサのフィギュアだったんだけど、僕的には飾られた完成品の端っこにあったドリスにフォーカスしてしまいました。
それで、ブースにいた人に「ドリスを買いたいんですけど...」って言ったら、その人がビックリして「ドリスを買ってくれるんですか?」みたいに尋ねてきたんですよ。
そして、ブースの後ろにいた人達に「ドリスを買う人が表れた!」って振り向いて言ったら、3人の男性が「ドリスを買ってくれる人がいるの?」って言いながら集まってきたんです。
作った方もそうそう売れるとは思っていなかったっていうのと、本放映から20数年経過しているなかでゴーグのフィギュアを買い求めるって人はどんな人間か?っていう興味から集まってきたんだと思います。
どんな話しをしたのかは、もう忘れてしまったんだけど、ゴーグは最高ですよねみたいなことを話したんだと思います。
あと、僕は通っていた大学が飯田橋にあったんで、毎週末、お茶の水と秋葉原に行ってました。
言うまでもなく、お茶の水は楽器屋めぐりで秋葉原はパソコンショップ巡りです。
当時の秋葉原ではツクモとかソフマップとかラオックスとかメジャーなショップは当然ながら、AMIGAやATARIのソフトウェアを扱っていたマイナーなショップも毎週まわっていましたね。
確か、昌平小学校の近くのビルの2階にあったお店だと思うんだけど、AMIGA関連のハードやソフトウェアをたくさん売っていたところに行ったときに、レジの横で安彦さんのイラストデータが納められたディスクが売っていたんですよ。
目にしたとたん、速攻で購入しました。
これがそのディスクです。
パッケージの裏には若き日の顔写真とサインがあります。
ディスクにもサインが書かれています。
僕が持っている安彦さんのサインはこれだけなんだけど、とりあえずサインが手に入って嬉しかった記憶があります。
安彦さんのイラスト集は好評だったのか、第2弾も発売されました。
ダーティペアが表紙です。
いやぁ、この頃のユリとケイのイラストが僕の中ではしっくりきますねぇ。
安彦さんのイラストデータは、今でも壁紙に使ったりしています。
あと、中に入っていたハガキが郵便番号が3桁で切手代が50円っていうところが懐かしいですな。
そうそう、番組の最後に流れたチープ・トリックの武道館コンサートの映像も良かったです。
1978年というから、僕なんかまだ小学生ですよ。
78って聞くと、たいていは誰もが大和和紀さんのアラミス'78とかを思い出しますね。
何気にチープ・トリックもデビュー45周年だと小林克也さんが教えてくれて、ちょいとビックリです。
2022-09-17 01:29
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F-16ファイティングファルコンとトップガン その2 [レトロゲーム]
今日のベストヒットUSAにケニー・ロギンスが出てきましたね。
もうすっかりと白髪になっていたしサングラスもかけていなかったんで、気のいいおじいちゃんって感じでした。
そして、番組中でトップガン上映当時のミュージックビデオを流してくれました。
現在のケニーロギンスは歌いませんでした。
まぁ、今はもう歌えないんでしょうね。
改めてわかったのは、ケニーロギンスってサングラスと髭がカッコ良かったんですな。
僕の中ではサングラスの似合う男としては、ケニーロギンスか浜省かってくらいですよ。
でまぁ、トップガン上映当時に僕が持っていたパソコンで戦闘機のドッグファイトが遊べたゲームっていうと、アスキーのF-16ファイティングファルコンでした。
これが、パッケージの表面です。
そして、これが裏面です。
画面写真を見ると、かなりカッコイイ感じですよね。
MSX用だったので、カートリッジで遊べました。
これがマニュアルになります。
キーボードの操作方法や画面に表示されているものの見方などの説明が記載されています。
当時の僕の第一印象は「細かいなぁ...」って感想でした。
そして、マニュアルの左下にはケーブルの配線図が記載されています。
これは何かと言うと、ジョイスティック端子のピン配置なんです。
このゲームは、MSXパソコンとゲームを2台用意して、ジョイスティック端子を使って接続してあげると、ドッグファイトの対戦ができるという画期的な機能を持っていたんです。
でも、当時、僕の周りでMSXを持っている友達もF-16ファイティングファルコンを持っている友達もいなかったため、この機能を使ったことはありませんでした。
何より、当時の僕の知識と技術では2台のMSXのジョイスティック端子を接続するケーブルを作ることはできなかったし...
まぁ、今ならすぐに作れるんで、僕も大人になったなぁってしみじみ感じます。
ってゆーか、今ならネットで対戦だから、その場に2台のパソコンが無くてもいいんだもんね。
それにしても、デンジャーゾーンのMVの中では、映画のシーンもたくさん出てきて、F-14トムキャットがガンガン飛んでいて最高でした。
F-14が退役した時は、記念のDVDを買いましたよ。
あと、当時の僕は、ケリーマクギリスの髪型が最高に感じられて、描くイラストのヒロインの髪型はすべてケリーマクギリスの髪型にしていました。
今日、ベストヒットUSAを観ていて思ったんだけど、あの髪型はやっぱり最高です。
もうすっかりと白髪になっていたしサングラスもかけていなかったんで、気のいいおじいちゃんって感じでした。
そして、番組中でトップガン上映当時のミュージックビデオを流してくれました。
現在のケニーロギンスは歌いませんでした。
まぁ、今はもう歌えないんでしょうね。
改めてわかったのは、ケニーロギンスってサングラスと髭がカッコ良かったんですな。
僕の中ではサングラスの似合う男としては、ケニーロギンスか浜省かってくらいですよ。
でまぁ、トップガン上映当時に僕が持っていたパソコンで戦闘機のドッグファイトが遊べたゲームっていうと、アスキーのF-16ファイティングファルコンでした。
これが、パッケージの表面です。
そして、これが裏面です。
画面写真を見ると、かなりカッコイイ感じですよね。
MSX用だったので、カートリッジで遊べました。
これがマニュアルになります。
キーボードの操作方法や画面に表示されているものの見方などの説明が記載されています。
当時の僕の第一印象は「細かいなぁ...」って感想でした。
そして、マニュアルの左下にはケーブルの配線図が記載されています。
これは何かと言うと、ジョイスティック端子のピン配置なんです。
このゲームは、MSXパソコンとゲームを2台用意して、ジョイスティック端子を使って接続してあげると、ドッグファイトの対戦ができるという画期的な機能を持っていたんです。
でも、当時、僕の周りでMSXを持っている友達もF-16ファイティングファルコンを持っている友達もいなかったため、この機能を使ったことはありませんでした。
何より、当時の僕の知識と技術では2台のMSXのジョイスティック端子を接続するケーブルを作ることはできなかったし...
まぁ、今ならすぐに作れるんで、僕も大人になったなぁってしみじみ感じます。
ってゆーか、今ならネットで対戦だから、その場に2台のパソコンが無くてもいいんだもんね。
それにしても、デンジャーゾーンのMVの中では、映画のシーンもたくさん出てきて、F-14トムキャットがガンガン飛んでいて最高でした。
F-14が退役した時は、記念のDVDを買いましたよ。
あと、当時の僕は、ケリーマクギリスの髪型が最高に感じられて、描くイラストのヒロインの髪型はすべてケリーマクギリスの髪型にしていました。
今日、ベストヒットUSAを観ていて思ったんだけど、あの髪型はやっぱり最高です。
2022-06-18 01:14
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アフターバーナーとトップガン その1 [レトロゲーム]
いやぁ、やっと観ることができましたよ。トップガン2をです。
前売り券を買ったのは昨年のことで、それから公開延期が続いてやっとです。
まぁ、いい映画でしたよ。
前作を観たのは中学三年の時で、受験生だったけど勉強の合い間に映画を観に行きました。
観てすぐに僕の中の神映画になりましたね。
主題歌のデンジャーゾーンのPVも、確か当時のベストヒットUSAで放映されたりしたと思います。
(ケニー・ロギンスはフットルースやウィアーザワールドで知っていました。)
そして、トムキャットはマクロスとビックワンガムで知っていたので、本物が飛んでいるのを見ることができて興奮したのを憶えてます。
前作のシーンでカッコイイシーンの一つにカワサキのバイクと戦闘機が並走するシーンをあげる人は多いですが、僕もその一人で、中型二輪の免許を取ってすぐにカワサキのZXR250(丸目二灯の)に乗ってました。トムクルーズになった気分でね。
そんな、待ちに待ったトップガン2ですが、映画館に行ってビックリしたのがマクロスΔの時と同じでオジサンズ、オバサンズが多かったことです。
なんか、僕が中学生当時に映画館で観たときの周りにいた人達がそのまま集まったんじゃないかって感じで、ある種の同窓会だなって感じました。
でも、映画自体も同窓会みたいなものだから、まぁ、これでいいのかもしれませんがね。
だってねぇ、劇中の唯一のラブシーンがトム・クルーズとジェニファー・コネリーなんだもの。
映画を観ている方がオジサンズ・オバサンズなら、映画の中もオジサンズ・オバサンズですから。
でも、最後にトムキャットが出てきてドッグファイトをするとは思わなかったから、かなりビックリしました。
第5世代戦闘機もトム・クルーズの手にかかればイチコロです。
トムキャット、最高!
そんなわけで、トップガン2を観た後でローソンに行ってピノ・やみつきアーモンド味を飲みながら、前作のトップガンの雰囲気そのままのゲームだったアフターバーナーやアフターバーナー2を思い出しました。
アフターバーナー2は某N大学の近所にあったカレッジトライアングル(仮名)というゲームセンターにありました。
屋根付きの大きい筐体ではなくて、イスだけの小型のやつです。
それでも、機体に合わせてイスが上下左右に動いたので、喜んでプレイしていました。
(屋根付きの大きな筐体は、駅前にあった大きなゲームセンターにあった)
アフターバーナーで一番好きだった演出は、機体のローリングでしたね。
ただ、ゲーメストのアフターバーナー攻略を見た時に、ローリングする演出中は操作ができないため、あまりやらない方がいいみたいなことが書かれていたんですよ。
それでも、演出がカッコイイからやたらとローリングさせて敵ミサイルの餌食となっていました。
クリアするっていうよりも、マーベリックの気分を味わいたかったんです。
最初に買っF-14のプラモデルはビックワンガムのおまけでした。
ビックワンガムって、中に入っているガムは小さい板ガムが入っているだけで、あとはプラモデルという商品で、1個200円か300円くらいしたんじゃなかったかと思います。
コロコロコミックが330円くらいで買えた時代だったから、子供にとってはけっこうな金額でした。
ただ、いい値段しただけあって可変翼もちゃんと動くようになっていたので、3機くらいそろえてコロコロコミックの上に乗せて空母ゴッコをして遊んだりしていました。
(コロコロコミックが空母のつもり)
マクロスのファイター形態もF-14をモデルにしていましたね。
以前にも書いたかもしれないんだけど、最初に買ったマクロスのプラモデルってミリアタイプでした。
箱にミリアのイラストが描いてあって、それだけでミリアタイプを買ったというのも、今となっては良い想い出です。
アフターバーナーのパソコン版ではX68000版が一番気に入ってます。
当時、パソコン雑誌の広告に載っていたFM-TOWNS版が、とても綺麗な画面でスゴイって思ったんだけど、地元のデパートのパソコン売り場でゲーム画面を見たら、動きがカクカクしていて「これじゃなぁ...」って気分になりました。
通学していた高校の帰り道にあったイツツバ電気(仮名)というお店でX68000のデモを見たら、動きがゲーセンそっくりで「これだ!」って思いましたね。
ただ、煙がメッシュでその点については「これじゃなぁ...」って気持ちもありました。
まぁ、当時のパソコンのスペックからすれば、FM-TOWNS版もX68000版も、かなり良くできている方だったと思います。
これがX68000版アフターバーナーのケースの表です。
これがケースの裏です。
なんか、マウスパッドがおまけで付いてきたんだけど、折り畳まれて入っていたからシワが入っていて使い物にならないというものでした。
X68000版は5インチディスクでした。
これがマニュアルです。
やはりトップガンを意識して作られたゲームだなぁって思います。
あと、トムキャットと聞いて思い出すのが、ふられ気分でロックンロールだったりするのは、僕の世代だけのなかなぁ...
トムキャットの想い出っていうと、通信教育のギター講座の案内書を取り寄せたときに、トムキャットのギタリストも当講座の修了生ですみたいなことが書かれていて「おぉスゲェ~」って驚いたことですかね。
思い返せば、学生の頃はいろんな通信教育の案内書を取り寄せていましたね。
取り寄せた中のいくつかは実際に申し込んだりしたし。
ギター講座だけじゃなく、イラスト講座とか英会話講座とか。
タツノコプロが一時期、アニメーター講座を通信教育でやっていて、その案内書も取り寄せたことがあります。
その後、勢い余ってドイツ語の通信講座に申し込んでしまったりしたこともあります。確か、銀英伝にハマっていたときだったかと。
当時の自分が、いったい何を目指していたのか、今でもさっぱりわかりません。
なんか、通信教育ならできるようになりそうみたいな気分になって、思わず申し込んでしまっていたんですね。
その傾向は、その後も続いて、社会人になってからはオンライン技術者試験の通信講座とか社労士の通信講座とかにも手を出しては途方に暮れるということを繰り返していました。
結局のところ、最後までやりきった通信講座って一つも無くて、35歳を目前に通信講座に手を出すのをやめましたけどね。
前売り券を買ったのは昨年のことで、それから公開延期が続いてやっとです。
まぁ、いい映画でしたよ。
前作を観たのは中学三年の時で、受験生だったけど勉強の合い間に映画を観に行きました。
観てすぐに僕の中の神映画になりましたね。
主題歌のデンジャーゾーンのPVも、確か当時のベストヒットUSAで放映されたりしたと思います。
(ケニー・ロギンスはフットルースやウィアーザワールドで知っていました。)
そして、トムキャットはマクロスとビックワンガムで知っていたので、本物が飛んでいるのを見ることができて興奮したのを憶えてます。
前作のシーンでカッコイイシーンの一つにカワサキのバイクと戦闘機が並走するシーンをあげる人は多いですが、僕もその一人で、中型二輪の免許を取ってすぐにカワサキのZXR250(丸目二灯の)に乗ってました。トムクルーズになった気分でね。
そんな、待ちに待ったトップガン2ですが、映画館に行ってビックリしたのがマクロスΔの時と同じでオジサンズ、オバサンズが多かったことです。
なんか、僕が中学生当時に映画館で観たときの周りにいた人達がそのまま集まったんじゃないかって感じで、ある種の同窓会だなって感じました。
でも、映画自体も同窓会みたいなものだから、まぁ、これでいいのかもしれませんがね。
だってねぇ、劇中の唯一のラブシーンがトム・クルーズとジェニファー・コネリーなんだもの。
映画を観ている方がオジサンズ・オバサンズなら、映画の中もオジサンズ・オバサンズですから。
でも、最後にトムキャットが出てきてドッグファイトをするとは思わなかったから、かなりビックリしました。
第5世代戦闘機もトム・クルーズの手にかかればイチコロです。
トムキャット、最高!
そんなわけで、トップガン2を観た後でローソンに行ってピノ・やみつきアーモンド味を飲みながら、前作のトップガンの雰囲気そのままのゲームだったアフターバーナーやアフターバーナー2を思い出しました。
アフターバーナー2は某N大学の近所にあったカレッジトライアングル(仮名)というゲームセンターにありました。
屋根付きの大きい筐体ではなくて、イスだけの小型のやつです。
それでも、機体に合わせてイスが上下左右に動いたので、喜んでプレイしていました。
(屋根付きの大きな筐体は、駅前にあった大きなゲームセンターにあった)
アフターバーナーで一番好きだった演出は、機体のローリングでしたね。
ただ、ゲーメストのアフターバーナー攻略を見た時に、ローリングする演出中は操作ができないため、あまりやらない方がいいみたいなことが書かれていたんですよ。
それでも、演出がカッコイイからやたらとローリングさせて敵ミサイルの餌食となっていました。
クリアするっていうよりも、マーベリックの気分を味わいたかったんです。
最初に買っF-14のプラモデルはビックワンガムのおまけでした。
ビックワンガムって、中に入っているガムは小さい板ガムが入っているだけで、あとはプラモデルという商品で、1個200円か300円くらいしたんじゃなかったかと思います。
コロコロコミックが330円くらいで買えた時代だったから、子供にとってはけっこうな金額でした。
ただ、いい値段しただけあって可変翼もちゃんと動くようになっていたので、3機くらいそろえてコロコロコミックの上に乗せて空母ゴッコをして遊んだりしていました。
(コロコロコミックが空母のつもり)
マクロスのファイター形態もF-14をモデルにしていましたね。
以前にも書いたかもしれないんだけど、最初に買ったマクロスのプラモデルってミリアタイプでした。
箱にミリアのイラストが描いてあって、それだけでミリアタイプを買ったというのも、今となっては良い想い出です。
アフターバーナーのパソコン版ではX68000版が一番気に入ってます。
当時、パソコン雑誌の広告に載っていたFM-TOWNS版が、とても綺麗な画面でスゴイって思ったんだけど、地元のデパートのパソコン売り場でゲーム画面を見たら、動きがカクカクしていて「これじゃなぁ...」って気分になりました。
通学していた高校の帰り道にあったイツツバ電気(仮名)というお店でX68000のデモを見たら、動きがゲーセンそっくりで「これだ!」って思いましたね。
ただ、煙がメッシュでその点については「これじゃなぁ...」って気持ちもありました。
まぁ、当時のパソコンのスペックからすれば、FM-TOWNS版もX68000版も、かなり良くできている方だったと思います。
これがX68000版アフターバーナーのケースの表です。
これがケースの裏です。
なんか、マウスパッドがおまけで付いてきたんだけど、折り畳まれて入っていたからシワが入っていて使い物にならないというものでした。
X68000版は5インチディスクでした。
これがマニュアルです。
やはりトップガンを意識して作られたゲームだなぁって思います。
あと、トムキャットと聞いて思い出すのが、ふられ気分でロックンロールだったりするのは、僕の世代だけのなかなぁ...
トムキャットの想い出っていうと、通信教育のギター講座の案内書を取り寄せたときに、トムキャットのギタリストも当講座の修了生ですみたいなことが書かれていて「おぉスゲェ~」って驚いたことですかね。
思い返せば、学生の頃はいろんな通信教育の案内書を取り寄せていましたね。
取り寄せた中のいくつかは実際に申し込んだりしたし。
ギター講座だけじゃなく、イラスト講座とか英会話講座とか。
タツノコプロが一時期、アニメーター講座を通信教育でやっていて、その案内書も取り寄せたことがあります。
その後、勢い余ってドイツ語の通信講座に申し込んでしまったりしたこともあります。確か、銀英伝にハマっていたときだったかと。
当時の自分が、いったい何を目指していたのか、今でもさっぱりわかりません。
なんか、通信教育ならできるようになりそうみたいな気分になって、思わず申し込んでしまっていたんですね。
その傾向は、その後も続いて、社会人になってからはオンライン技術者試験の通信講座とか社労士の通信講座とかにも手を出しては途方に暮れるということを繰り返していました。
結局のところ、最後までやりきった通信講座って一つも無くて、35歳を目前に通信講座に手を出すのをやめましたけどね。
2022-06-05 22:19
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グーニーズ その1 [レトロゲーム]
今日のベストヒットUSAは小林克也さんの問いから始まりましたね。
テイラースウィフトの曲は好きですよ。
タイムマシーンのコーナーはクイーンでした。
確かに、小林克也さんの言うように今聴いても古くないです。
クイーンは国連に目を付けられ、MTVも出禁になってしまったけど、バンドエイドで名誉挽回したっていう話しは面白かったです。
人生で大切なことはベストヒットUSAが教えてくれます。
バンドエイドも良いし、僕としてはウィー・アー・ザ・ワールドも良いです。
クイーンは出ていないけど。
確か24時間テレビの枠内で放送されていたんじゃなかったかと思うんだけど、ウィー・アー・ザ・ワールドのメイキングを父親がビデオに録画してくれていたんです。
父親は太平洋戦争中に生まれた人で、洋楽が好きでいわゆるビートルズ世代でした。
それで、僕はそのビデオテープを長年にわたり大事にしながら観ていましたね。
僕が30代前半の頃、父親が病気で最初の入院をした時に病院の近くにあったレコード屋(今どきはこんな呼び方はしないな)で、ウィー・アー・ザ・ワールドのメイキングと本編の収録されたDVDを見つけてからはDVDでずっと観ています。
そんなウィー・アー・ザ・ワールドのDVDで、ヒューイ・ルイスと同じマイクでシンディ・ローパーが「ウォウォウォ〜」と叫んでいるのが印象に残っています。
まぁ、他にも印象に残っているシーンはたくさんあるけど。
シンディ・ローパーはファッションも奇抜だったので目立っていたしね。
そんなシンディローパーの歌と言えば、ハイスクールはダンステリアが初めて聴いた曲で好きでした。
それから、グーニーズのテーマソングも有名ですね。
グーニーズはテレビの吹替版で野沢雅子さんや古谷徹さんがあてた神バージョンが存在しますが、長年、テレビで放送された際にビデオテープび録画したのをDVDにダビングして大事に観てきました。
亡くなられてしまった藤田淑子さんの声は本当にピッタリだなぁと感じます。
最近になってブルーレイで発売されたんで、思わず購入してしまいましたよ。
そんなわけで、グーニーズはゲームにもなって割とヒットしました。
これはMSX版のパッケージの表です。
この頃のコナミのパッケージって、統一感があってお洒落でしたね。
これがパッケージの裏です。
メディアはROMカートリッジでした。
発売当時の記事です。
テクノポリス(1986年3月号)に掲載されていました。
ファミコン版も遊んだことがあるけど、MSX版の方がよくできていて面白いと思います。
テクポリの記事中でも高い評価を受けています。
そうそう、昨日、ドレミファドンでショコタンと芸能人がアニソンの早押し対戦するっていうのがやっていたんだけど、すごく面白かったです。
ショコタン無双が本当にすごかった。
今度は、ショコタン対芸能人のアニソン早押しだけで2時間やって欲しいですね。
新年になって何人かの識者の方々かた、うる星やつらが新しいキャストで放送するよってメールをもらいました。
実は、まったく知りませんでした。
うる星好きとか言っておきながら、生活スタイルが80年代でストップしているから全然気付かなかった。
そんなわけで、早速、新アニメ版うる星やつらのサイトを見てみました。
ラムの絵が可愛いです。
あたるの声優の名前は知っているけど、ラムの声優の名前は初めて聞きました。
なかなか良さそうですね。これは楽しみ。
テイラースウィフトの曲は好きですよ。
タイムマシーンのコーナーはクイーンでした。
確かに、小林克也さんの言うように今聴いても古くないです。
クイーンは国連に目を付けられ、MTVも出禁になってしまったけど、バンドエイドで名誉挽回したっていう話しは面白かったです。
人生で大切なことはベストヒットUSAが教えてくれます。
バンドエイドも良いし、僕としてはウィー・アー・ザ・ワールドも良いです。
クイーンは出ていないけど。
確か24時間テレビの枠内で放送されていたんじゃなかったかと思うんだけど、ウィー・アー・ザ・ワールドのメイキングを父親がビデオに録画してくれていたんです。
父親は太平洋戦争中に生まれた人で、洋楽が好きでいわゆるビートルズ世代でした。
それで、僕はそのビデオテープを長年にわたり大事にしながら観ていましたね。
僕が30代前半の頃、父親が病気で最初の入院をした時に病院の近くにあったレコード屋(今どきはこんな呼び方はしないな)で、ウィー・アー・ザ・ワールドのメイキングと本編の収録されたDVDを見つけてからはDVDでずっと観ています。
そんなウィー・アー・ザ・ワールドのDVDで、ヒューイ・ルイスと同じマイクでシンディ・ローパーが「ウォウォウォ〜」と叫んでいるのが印象に残っています。
まぁ、他にも印象に残っているシーンはたくさんあるけど。
シンディ・ローパーはファッションも奇抜だったので目立っていたしね。
そんなシンディローパーの歌と言えば、ハイスクールはダンステリアが初めて聴いた曲で好きでした。
それから、グーニーズのテーマソングも有名ですね。
グーニーズはテレビの吹替版で野沢雅子さんや古谷徹さんがあてた神バージョンが存在しますが、長年、テレビで放送された際にビデオテープび録画したのをDVDにダビングして大事に観てきました。
亡くなられてしまった藤田淑子さんの声は本当にピッタリだなぁと感じます。
最近になってブルーレイで発売されたんで、思わず購入してしまいましたよ。
そんなわけで、グーニーズはゲームにもなって割とヒットしました。
これはMSX版のパッケージの表です。
この頃のコナミのパッケージって、統一感があってお洒落でしたね。
これがパッケージの裏です。
メディアはROMカートリッジでした。
発売当時の記事です。
テクノポリス(1986年3月号)に掲載されていました。
ファミコン版も遊んだことがあるけど、MSX版の方がよくできていて面白いと思います。
テクポリの記事中でも高い評価を受けています。
そうそう、昨日、ドレミファドンでショコタンと芸能人がアニソンの早押し対戦するっていうのがやっていたんだけど、すごく面白かったです。
ショコタン無双が本当にすごかった。
今度は、ショコタン対芸能人のアニソン早押しだけで2時間やって欲しいですね。
新年になって何人かの識者の方々かた、うる星やつらが新しいキャストで放送するよってメールをもらいました。
実は、まったく知りませんでした。
うる星好きとか言っておきながら、生活スタイルが80年代でストップしているから全然気付かなかった。
そんなわけで、早速、新アニメ版うる星やつらのサイトを見てみました。
ラムの絵が可愛いです。
あたるの声優の名前は知っているけど、ラムの声優の名前は初めて聞きました。
なかなか良さそうですね。これは楽しみ。
2022-01-08 00:53
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マクロス その3 [レトロゲーム]
今日のベストヒットUSAはチャカ・カーンでしたね。
中学の時、友人の梅崎くん(仮名)が「チャカ・カーン、キラー・カーン、ハマーン・カーン、法隆寺の鐘がカーン」って言っていたのを思い出してしまいます。梅崎くん、今、何をやってんだろ?
そんなわけで、マクロスΔによって復活したマクロス熱が冷めやらずです。
来年4月にワルキューレのライブをやることが決定したと知り、行こうかどうか迷っているんです。
そうそう、2009年の超時空イベント第2弾「MACROSS CROSSOVER LIVE」には行ったんですよ。
ランカとシェリルだけじゃなく、バサラの福山さん、ミレーヌのカジウラさん、さらにミンメイの飯島真理さんや笠原弘子さん(笠原さんは確か当日まで参加が秘密だったと思う)まで出演したライブだったので、当時は、これに行かなければ死ぬほど後悔すると思いましたから。
なので、今回のワルキューレのライブも行った方がいいんじゃないかと。
通勤の運転中、ずっとワルキューレの曲を聴いているんで、一応、歌詞は覚えたんだけど振付は覚えていません。
まぁ、こればかりは仕方がないと思っています。ハンドルから手を放したら事故を起こしてしまうから。
ワルキューレの曲はどれもいいけど美雲(JUNNA)の声が気に入っているので破滅の純情やLOVE THUNDER GLOWをよく聴いてますよ。
でも、曲としてはGod Bless Youが好きですね。
そんな感じでワルキューレにハマりつつ、以前、マクロスのタイピングソフトを買ったことがあったなぁと思い、久しぶりに引っ張り出してみました。
僕が持っているのは、超時空要塞マクロス愛打2です。
「愛打」ってネーミングセンスが最高。
これだけでマクロスのタイピングだってわかる。
タイピングソフトって、最近はあまり見なくなった印象があります。
一時期はいろんなタイピングソフトが出ていたのに。
でまぁ、最近、SDマクロスのプラモデルが再販されたらしく、ちょっと買ってみました。
昔、チョロQダグラムとかチョロQボトムズとか、デフォルメされたメカが好きだったこともあって、こういうデフォルメプラモには弱いんです。
ただ、買うのはいいんだけど、作る時間をなかなか捻出できないんですよ。
まぁ、とりあえず、しばらくはボックスアートを見て楽しみます。
昔、コロコロコミックを買っていた時に付録で付いてきた下敷きで、マクロスのプラモデルの写真が並んでいるのがあったんですよ。
その下敷きは、今でも実家の本棚に飾っています。
お金が無かったから、この下敷きのボックスアートを見て買った気分を味わっていました。
今は財力があるんで、即買いですけど。
中学の時、友人の梅崎くん(仮名)が「チャカ・カーン、キラー・カーン、ハマーン・カーン、法隆寺の鐘がカーン」って言っていたのを思い出してしまいます。梅崎くん、今、何をやってんだろ?
そんなわけで、マクロスΔによって復活したマクロス熱が冷めやらずです。
来年4月にワルキューレのライブをやることが決定したと知り、行こうかどうか迷っているんです。
そうそう、2009年の超時空イベント第2弾「MACROSS CROSSOVER LIVE」には行ったんですよ。
ランカとシェリルだけじゃなく、バサラの福山さん、ミレーヌのカジウラさん、さらにミンメイの飯島真理さんや笠原弘子さん(笠原さんは確か当日まで参加が秘密だったと思う)まで出演したライブだったので、当時は、これに行かなければ死ぬほど後悔すると思いましたから。
なので、今回のワルキューレのライブも行った方がいいんじゃないかと。
通勤の運転中、ずっとワルキューレの曲を聴いているんで、一応、歌詞は覚えたんだけど振付は覚えていません。
まぁ、こればかりは仕方がないと思っています。ハンドルから手を放したら事故を起こしてしまうから。
ワルキューレの曲はどれもいいけど美雲(JUNNA)の声が気に入っているので破滅の純情やLOVE THUNDER GLOWをよく聴いてますよ。
でも、曲としてはGod Bless Youが好きですね。
そんな感じでワルキューレにハマりつつ、以前、マクロスのタイピングソフトを買ったことがあったなぁと思い、久しぶりに引っ張り出してみました。
僕が持っているのは、超時空要塞マクロス愛打2です。
「愛打」ってネーミングセンスが最高。
これだけでマクロスのタイピングだってわかる。
タイピングソフトって、最近はあまり見なくなった印象があります。
一時期はいろんなタイピングソフトが出ていたのに。
でまぁ、最近、SDマクロスのプラモデルが再販されたらしく、ちょっと買ってみました。
昔、チョロQダグラムとかチョロQボトムズとか、デフォルメされたメカが好きだったこともあって、こういうデフォルメプラモには弱いんです。
ただ、買うのはいいんだけど、作る時間をなかなか捻出できないんですよ。
まぁ、とりあえず、しばらくはボックスアートを見て楽しみます。
昔、コロコロコミックを買っていた時に付録で付いてきた下敷きで、マクロスのプラモデルの写真が並んでいるのがあったんですよ。
その下敷きは、今でも実家の本棚に飾っています。
お金が無かったから、この下敷きのボックスアートを見て買った気分を味わっていました。
今は財力があるんで、即買いですけど。
2021-11-27 02:33
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コナミのゲーム [レトロゲーム]
ゴールデンウィークは遠出をしないようにしようと思い、いいちこを飲みながらゲームをやったりYouTubeを観たりしていました。
って、いつもと変わらないゴールデンウィークの過ごし方ですが、離れて暮らす母親のところに1年半近く行っていないので、その点がいつものGWと異なります。まぁ、仕方がないです。
で、YouTubeで面白おかしい番組を見つけてゲラゲラ笑いながら、いいちこをレモンサワーで割ったのを飲んでいると、友人でサブカル研究家の木根さん(仮名)からメールが入りました。
メールには、GW中はSteamの「コナミ アーケード・クラシック・アニバーサリー・コレクション」がすごい安値で売っているよって書いてあったので思わず買ってしまいました。
これが、そうです。
買う決め手となったのは、スクランブルのアーケード版が入っていたからですかね。
スクランブルはゲーセンでは1~2回くらいしかやったことがありません。
僕のプレイ体験のほとんどは、当時、地元にあった厚井デパート(仮名)のおもちゃ売り場にあったぴゅう太用のスクランブルなんです。
アーケード版をやらなかった理由は、単にお金が無かったからです。
1プレイ100円ですからね。
そんな大金を小学生が持っているわけがないですよ。
そんなわけで、長い間、僕は想い出の中でだけアーケード版のスクランブルをプレイしてきていたので、今回、40年ぶりにリアルにアーケード版を遊ぶことができて、すっごく興奮しています。
あと、付録に付いているボーナス・ブックもいいですね。
当時の開発者の方の話しを読むのって好きなので、これも買いたいと思うポイントでした。
高校生の頃によくやったサンダークロスも入っていて、何気にこのゲームとも三十数年ぶりの出会いです。
当時はグラディウス2やR-TYPE2もあったんだけど、なぜかいつもサンダークロスをやっていましたね。なんでだろう?
グラディウスやR-TYPEのオプションって、どっかいってしまうって感じるときがあって、それに比べてサンダークロスのオプションは、ピタっと自機の上下にいて見失わないってのが僕の性格に合っていたのかもしれません。
僕は、自由にやっていいよって言われると困ってしまうマニュアル世代なので、カチっと枠にはめられたような動きの方が性に合っているんですよ、たぶん。
ツインビーのアーケード版も入っています。
ツインビーはファミコン、MSXの両方で持っていました。
自機に手が生えているっていう可愛らしさがよかったですね。
ツインビーはラジオ番組にもハマっていたんですよ。
國府田マリ子さんのツインビーパラダイスとか、いつも聴いていたし、イベントで「みんなでビィ~」とか平気で叫んでいた黒歴史がありますからね。しかも20代で。
マリ姉はいまでも好きで、昔買ったCDは車の中でよく聴きます。あと琴乃ちゃんとか。
最近はプレステ用の「コナミ アンティークス MSXコレクション Vol.2」に入っているツインビーをもっぱらプレイしていたので、久しぶりにアーケード版をプレイしました。
このコナミ アンティークス MSXコレクションはホント重宝しています。
今住んでいる家は借家で狭いので、MSXのゲームが遊びたくても本体を手元に置いておくことができないんで、プレステ1台でMSX用のゲームがたくさん遊べるのは便利です。
今回買ったアーケード・クラシック・アニバーサリー・コレクションのゲーム選択画面では、画面中央に選んだゲームのBGMが流れるので、ちょっとしたジュークボックスになっています。
このブログの記事を書きながら聴いているんですが、すごくイイですね。
そしてスクランブルのBGMがプレイ音なのがまたイイんですよ。
聴きながら目をつむってレモンサワーを飲んでいると、子供の頃に行っていたゲーセンの風景が蘇ります。
小学生の頃はお金がなかったから、1か月に1回しかアーケードゲームはできなかったし、休みの日だからといってどこかに出かけるということもなかったので、毎週末ゲーセンに行ってはゲーム画面を眺めたり他人のプレイを見たりして過ごしていましたから。
そのため、当時のゲームのBGMを聴くと、ゲーセンにいる気分になるんですよね。
たぶん、そういう人って多いんじゃないかなぁって思うんだけど。
アーケード版の悪魔城ドラキュラも入っています。
悪魔城ドラキュラはMSX版も持っているんですが、手元に写真がありません。
プレステ版の悪魔城ドラキュラだとX68000内蔵音源やMIDI音源のBGMが選べます。
プレステ版の曲もいいですし、このアーケード版の曲もいいですね。
昔、MIDIで作曲をしようと思ってローランドのCM-64ってのを買ったんですよ。
で、ソフトの使い方も一生懸命覚えて曲を作ったんですが、友達に聴かせたら「頑張ったなぁってことは、よくわかる曲だね」って言われて、それ以来、曲作りは封印しています。
まぁ、人生って、短いようでいて長いから、定年退職したらまた作曲でも始めたいと思っていますがね。
実家にゲーメストが置いてあるから、本来であれば帰省して写真を撮ってくるんだけど、このご時勢だとそうもいきません。
来月あたりには帰省できるといいなぁと考えています。
そうしたら、実家の自分の部屋にある雑誌やソフトの写真をたくさん撮ってくるんですけどね。
って、いつもと変わらないゴールデンウィークの過ごし方ですが、離れて暮らす母親のところに1年半近く行っていないので、その点がいつものGWと異なります。まぁ、仕方がないです。
で、YouTubeで面白おかしい番組を見つけてゲラゲラ笑いながら、いいちこをレモンサワーで割ったのを飲んでいると、友人でサブカル研究家の木根さん(仮名)からメールが入りました。
メールには、GW中はSteamの「コナミ アーケード・クラシック・アニバーサリー・コレクション」がすごい安値で売っているよって書いてあったので思わず買ってしまいました。
これが、そうです。
買う決め手となったのは、スクランブルのアーケード版が入っていたからですかね。
スクランブルはゲーセンでは1~2回くらいしかやったことがありません。
僕のプレイ体験のほとんどは、当時、地元にあった厚井デパート(仮名)のおもちゃ売り場にあったぴゅう太用のスクランブルなんです。
アーケード版をやらなかった理由は、単にお金が無かったからです。
1プレイ100円ですからね。
そんな大金を小学生が持っているわけがないですよ。
そんなわけで、長い間、僕は想い出の中でだけアーケード版のスクランブルをプレイしてきていたので、今回、40年ぶりにリアルにアーケード版を遊ぶことができて、すっごく興奮しています。
あと、付録に付いているボーナス・ブックもいいですね。
当時の開発者の方の話しを読むのって好きなので、これも買いたいと思うポイントでした。
高校生の頃によくやったサンダークロスも入っていて、何気にこのゲームとも三十数年ぶりの出会いです。
当時はグラディウス2やR-TYPE2もあったんだけど、なぜかいつもサンダークロスをやっていましたね。なんでだろう?
グラディウスやR-TYPEのオプションって、どっかいってしまうって感じるときがあって、それに比べてサンダークロスのオプションは、ピタっと自機の上下にいて見失わないってのが僕の性格に合っていたのかもしれません。
僕は、自由にやっていいよって言われると困ってしまうマニュアル世代なので、カチっと枠にはめられたような動きの方が性に合っているんですよ、たぶん。
ツインビーのアーケード版も入っています。
ツインビーはファミコン、MSXの両方で持っていました。
自機に手が生えているっていう可愛らしさがよかったですね。
ツインビーはラジオ番組にもハマっていたんですよ。
國府田マリ子さんのツインビーパラダイスとか、いつも聴いていたし、イベントで「みんなでビィ~」とか平気で叫んでいた黒歴史がありますからね。しかも20代で。
マリ姉はいまでも好きで、昔買ったCDは車の中でよく聴きます。あと琴乃ちゃんとか。
最近はプレステ用の「コナミ アンティークス MSXコレクション Vol.2」に入っているツインビーをもっぱらプレイしていたので、久しぶりにアーケード版をプレイしました。
このコナミ アンティークス MSXコレクションはホント重宝しています。
今住んでいる家は借家で狭いので、MSXのゲームが遊びたくても本体を手元に置いておくことができないんで、プレステ1台でMSX用のゲームがたくさん遊べるのは便利です。
今回買ったアーケード・クラシック・アニバーサリー・コレクションのゲーム選択画面では、画面中央に選んだゲームのBGMが流れるので、ちょっとしたジュークボックスになっています。
このブログの記事を書きながら聴いているんですが、すごくイイですね。
そしてスクランブルのBGMがプレイ音なのがまたイイんですよ。
聴きながら目をつむってレモンサワーを飲んでいると、子供の頃に行っていたゲーセンの風景が蘇ります。
小学生の頃はお金がなかったから、1か月に1回しかアーケードゲームはできなかったし、休みの日だからといってどこかに出かけるということもなかったので、毎週末ゲーセンに行ってはゲーム画面を眺めたり他人のプレイを見たりして過ごしていましたから。
そのため、当時のゲームのBGMを聴くと、ゲーセンにいる気分になるんですよね。
たぶん、そういう人って多いんじゃないかなぁって思うんだけど。
アーケード版の悪魔城ドラキュラも入っています。
悪魔城ドラキュラはMSX版も持っているんですが、手元に写真がありません。
プレステ版の悪魔城ドラキュラだとX68000内蔵音源やMIDI音源のBGMが選べます。
プレステ版の曲もいいですし、このアーケード版の曲もいいですね。
昔、MIDIで作曲をしようと思ってローランドのCM-64ってのを買ったんですよ。
で、ソフトの使い方も一生懸命覚えて曲を作ったんですが、友達に聴かせたら「頑張ったなぁってことは、よくわかる曲だね」って言われて、それ以来、曲作りは封印しています。
まぁ、人生って、短いようでいて長いから、定年退職したらまた作曲でも始めたいと思っていますがね。
実家にゲーメストが置いてあるから、本来であれば帰省して写真を撮ってくるんだけど、このご時勢だとそうもいきません。
来月あたりには帰省できるといいなぁと考えています。
そうしたら、実家の自分の部屋にある雑誌やソフトの写真をたくさん撮ってくるんですけどね。
2021-05-05 17:02
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グラディウス その2 [レトロゲーム]
今日のベストヒットUSAで流れたブルーノ・マーズのシルク・ソニックという曲はいい曲でした。
ブルーノ・マーズを久しぶりに聴いたなぁと思ったら、5年ぶりだったとは。
5年前ということは今の職場にもう転勤してきているんで、「え~、もうそんなに経ったの?」って感じで時間が経つ早さを実感しています。
この5年間に何をやったかって考えてみると、特に何もやっていないっていうか、300mmの望遠レンズを買ったのとラジコンを買ったことぐらいしか記憶に残っていないです。
タイムマシーンのコーナーはビージーズでした。
いやぁ、良かったです。
サタデーナイトフィーバーは、当時読んでいたコロコロコミックのゴリポンくんがパロディをやっていたような記憶がありますが確認してません。ってゆーか、確認しなくても、まぁ、たいして生活に支障はきたさないですからね。
ステイン・アライブは、当時はいたるところで聴こえてきました。
小学生だった僕の記憶に残っているのは、近所にあったスーパー・カクエー(仮名)の食品売り場で流れていたことですね。
空き地で拾ったビール瓶を3本持って行って30円をもらって、お菓子を買うために店内の奥の方にいくと、この曲がかかっていました。他にも、ノーランズのセクシー・ミュージックとかかかっていましたよ。
あの頃のディスコミュージックっていうのは、何年経っても心がウキウキしてきます。
そんなわけで、グラディウスの話しの続きになります。
僕が小中学生の頃によく行っていたゲーセンは、近所にあったバッティングセンターの横にあるプレハブのゲーセンでした。これは、以前にも話したかと思います。
ゲーセンの名前は多分無かったと思います。
バッティングセンターの名前がバッティングセンターよつば(仮名)だったので、「よつば(仮名)に行こう」っていうのはゲーセンに行こうっていうのと同義でした。
そのゲーセンにグラディウスがあって、友人の臼杵くん(仮名)や繁則くん(仮名)が連日のように腕を磨いていました。
二人とも割と小遣いを持っていたためよくゲーセンでゲームをしていました。
臼杵くんは鍵っ子(もはや死語ですな)だったため、親がお小遣いを多めにあげていたのと、繁則くんは親が土木建築の会社を経営していて金持ちだったため小遣いが多かったのです。
月の小遣いがそれほど多くなかった僕は、ゲーセンで使えるお金は月に200円程度だったため、ほとんど他人のプレイを観て過ごしていました。
臼杵くんと繁則くんはホントにグラディウスが上手かったので、何度観ても飽きませんでしたね。
弾幕がぶわぁっと画面いっぱいに広がる中を、スイスイと自機を動かすのを見ていると爽快な気分になりました。
まぁ、あまりゲームの腕が上手くなかったので、自分でプレイするよりも上手い人のを観ている方が楽しかったというのもありますが、それでも、長いレーザーをビーっと出しながら敵を倒していく爽快感が好きで、なけなしの100円を使って僕もプレイしたりしていました。
そんなグラディウスがMSXでできるということでMSX版グラディスを手に入れた時の興奮は、今でも忘れられませんよ。
これが、グラディスのマニュアルです。
パッケージと同じイラストです。
今更言う必要も無いくらい誰もが知っているストーリーですね。
って20代の頃までは思っていたんだけど、30代の頃にグラディウスを知っているという若い人に会った時に自機の名前がグラディウスだと言ったのを聞いて「え!?」って戸惑ったことがあります。
正してあげるのがいいのか、そのままにしておくのがいいのか、躊躇したんですよね。
まぁ、特に訂正もしなかったので、たぶんその人はいまでも自機の名前がグラディウスだと思っているんでしょうね。
操作方法の説明のために画面のイラストが描かれています。
この頃のマニュアルは画面をキャプチャではなく手書きのイラストで描いていることがわりとありました。
今見ると、こういうマニュアルの方が温かみがあっていいな。
敵キャラの紹介です。
アイアンメイデンとかメガデスとかメタリカとか、メタル好きな中高生にはビビッと来るネーミングでした。
20代の終わりか30代の初めの頃に、無性にMSX版グラディウスがやりたくなった時がありました。
でも、その時はアパート暮らしで部屋が狭く、MSXとか懐かしいパソコンを実家に置いていたためMSX版グラディウスをプレイすることができませんでした。
それで、いろいろと調べたらプレステで遊べるようにMSXのゲームを集めたものが出ていることがわかり、それを購入して遊びました。
これが、プレステで遊べるMSXゲーム集です。
グラディウスはゴーファーの野望が入っています。
その他にも、ロードファイターとかイーアルカンフーとか。
僕的にはコナミのピンポンにはすごくハマったので、それがプレステで手軽に遊べるというのは嬉しかったですね。
来週のベストヒットUSAはスティング特集です。
僕的には、昔、アリー・マイ・ラブで歌っていたのを想い出します。
あと、先日のベストヒットUSA特番でも出演していて、久しぶりに姿が観れて満足でした。
来週の土曜日は仕事が無いので、リアルタイムで観れそうなのでホッとしていますよ。
ブルーノ・マーズを久しぶりに聴いたなぁと思ったら、5年ぶりだったとは。
5年前ということは今の職場にもう転勤してきているんで、「え~、もうそんなに経ったの?」って感じで時間が経つ早さを実感しています。
この5年間に何をやったかって考えてみると、特に何もやっていないっていうか、300mmの望遠レンズを買ったのとラジコンを買ったことぐらいしか記憶に残っていないです。
タイムマシーンのコーナーはビージーズでした。
いやぁ、良かったです。
サタデーナイトフィーバーは、当時読んでいたコロコロコミックのゴリポンくんがパロディをやっていたような記憶がありますが確認してません。ってゆーか、確認しなくても、まぁ、たいして生活に支障はきたさないですからね。
ステイン・アライブは、当時はいたるところで聴こえてきました。
小学生だった僕の記憶に残っているのは、近所にあったスーパー・カクエー(仮名)の食品売り場で流れていたことですね。
空き地で拾ったビール瓶を3本持って行って30円をもらって、お菓子を買うために店内の奥の方にいくと、この曲がかかっていました。他にも、ノーランズのセクシー・ミュージックとかかかっていましたよ。
あの頃のディスコミュージックっていうのは、何年経っても心がウキウキしてきます。
そんなわけで、グラディウスの話しの続きになります。
僕が小中学生の頃によく行っていたゲーセンは、近所にあったバッティングセンターの横にあるプレハブのゲーセンでした。これは、以前にも話したかと思います。
ゲーセンの名前は多分無かったと思います。
バッティングセンターの名前がバッティングセンターよつば(仮名)だったので、「よつば(仮名)に行こう」っていうのはゲーセンに行こうっていうのと同義でした。
そのゲーセンにグラディウスがあって、友人の臼杵くん(仮名)や繁則くん(仮名)が連日のように腕を磨いていました。
二人とも割と小遣いを持っていたためよくゲーセンでゲームをしていました。
臼杵くんは鍵っ子(もはや死語ですな)だったため、親がお小遣いを多めにあげていたのと、繁則くんは親が土木建築の会社を経営していて金持ちだったため小遣いが多かったのです。
月の小遣いがそれほど多くなかった僕は、ゲーセンで使えるお金は月に200円程度だったため、ほとんど他人のプレイを観て過ごしていました。
臼杵くんと繁則くんはホントにグラディウスが上手かったので、何度観ても飽きませんでしたね。
弾幕がぶわぁっと画面いっぱいに広がる中を、スイスイと自機を動かすのを見ていると爽快な気分になりました。
まぁ、あまりゲームの腕が上手くなかったので、自分でプレイするよりも上手い人のを観ている方が楽しかったというのもありますが、それでも、長いレーザーをビーっと出しながら敵を倒していく爽快感が好きで、なけなしの100円を使って僕もプレイしたりしていました。
そんなグラディウスがMSXでできるということでMSX版グラディスを手に入れた時の興奮は、今でも忘れられませんよ。
これが、グラディスのマニュアルです。
パッケージと同じイラストです。
今更言う必要も無いくらい誰もが知っているストーリーですね。
って20代の頃までは思っていたんだけど、30代の頃にグラディウスを知っているという若い人に会った時に自機の名前がグラディウスだと言ったのを聞いて「え!?」って戸惑ったことがあります。
正してあげるのがいいのか、そのままにしておくのがいいのか、躊躇したんですよね。
まぁ、特に訂正もしなかったので、たぶんその人はいまでも自機の名前がグラディウスだと思っているんでしょうね。
操作方法の説明のために画面のイラストが描かれています。
この頃のマニュアルは画面をキャプチャではなく手書きのイラストで描いていることがわりとありました。
今見ると、こういうマニュアルの方が温かみがあっていいな。
敵キャラの紹介です。
アイアンメイデンとかメガデスとかメタリカとか、メタル好きな中高生にはビビッと来るネーミングでした。
20代の終わりか30代の初めの頃に、無性にMSX版グラディウスがやりたくなった時がありました。
でも、その時はアパート暮らしで部屋が狭く、MSXとか懐かしいパソコンを実家に置いていたためMSX版グラディウスをプレイすることができませんでした。
それで、いろいろと調べたらプレステで遊べるようにMSXのゲームを集めたものが出ていることがわかり、それを購入して遊びました。
これが、プレステで遊べるMSXゲーム集です。
グラディウスはゴーファーの野望が入っています。
その他にも、ロードファイターとかイーアルカンフーとか。
僕的にはコナミのピンポンにはすごくハマったので、それがプレステで手軽に遊べるというのは嬉しかったですね。
来週のベストヒットUSAはスティング特集です。
僕的には、昔、アリー・マイ・ラブで歌っていたのを想い出します。
あと、先日のベストヒットUSA特番でも出演していて、久しぶりに姿が観れて満足でした。
来週の土曜日は仕事が無いので、リアルタイムで観れそうなのでホッとしていますよ。
2021-04-10 01:04
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グラディウス その1 [レトロゲーム]
今日はベストヒットUSA番組誕生40年スペシャルでした。
一昨日に観て、今日も観ることができるなんて嬉しい限りです。
前半ではボン・ジョビがリモートインタビューで出演するということで、すごく楽しみにしていました。
場所は自宅っぽいところだったんだけど、革ジャンを着てインタビューを受けているのが、とてもカッコよかったですね。
僕は、いいちこを炭酸で割ったのと湖池屋のスティックポテトのり塩味を用意して、飲み食いしながら観ていました。
最近は健康のことを考えてビールは控えて焼酎にしています。
高校の頃ですかね。最初に聴いたアルバムはニュージャージーでした。
あのロン毛に憧れたものです。あと、あの声ですね。
小林克也さんも言っていますが、独特の声をしていますね。
続いて、マイケルジャクソンのスリラーをノーカットで放映しました。
日本でフルに放映したのはベストヒットUSAが初めてだったんですね。知らなかった。
スティーブルカサーもビデオメッセージを送ってくれていました。
歳をとったんだか、とらないんだかわからない風貌でしたよ。
あと、机の上にあった宇宙人のグレイみたいな人形が気になってしかたがありませんでした。
A-haのテイク・オン・ミーのミュージックビデオも流れました。
これは、本当に思い出深いです。
当時、中学生だった僕は、たまたまテレビで放映していた番組でA-haのテイクオンミーの演奏を聴いて好きになったんです。
パワー・オブ・ラブを小林克也さんが歌ったライブ映像もよかったですよ。
この曲を聴くと、バック・トゥ・ザ・フューチャーというよりも、マイケル・J・フォックスがインテグラに乗っているCMの方を想い出します。
ホール&オーツは80年代だけじゃなくて2005年にもインタビューを受けていて、その映像も懐かしかったです。あと、シカゴのビル・チャンプリンの今の映像を観てビックリです。もう、おじいちゃんじゃないですか。
最後の小林克也さんからの問いかけへの返事は難しいものがありますね。
音楽を楽しんでいますかって問には、楽しんでいますって答えられます。
昔の歌と今の歌を聴いてどう感じますかって問にはどう答えるべきか悩みますね。
昔はシンディ・ローパーとかをよく聴いていたけど、今はデュア・リパとかをよく聴くから昔も今も変わらず楽しんでいますって答えたいところだけど、もうアラフィフなので、今の中学生や高校生が楽しんでいる歌のすべてを楽しめるかというとそうではありません。
ボン・ジョビがインタビューの中で、歳を取ったらその年齢に合った歌を歌いたいって言っていましたが、聴く側としても自分の年齢に合ったロックやポップスを聴きたいなぁってことです。
そして、僕がロックに一番傾倒していた時期のシューティングゲームということで、グラディウスの話しを書きたいと思います。
昔、BASICマガジンの連載コーナーで山下章さんが書いていましたが、シューティングゲームの歴史において流れを作った、又は流れを変えたといわれるゲームは3つあって、ゼビウス、グラディウス、R-TYPEがそれだということです。
この話しには僕も同感で、この3つは今現在でもエポックな作品だと思います。
どれも好きなゲームではあるんだけど、僕はこの3つの中ではグラディウスが一番好きです。
そしてアーケード以外のグラディウスっていうと、初代X68000に付いてきたSPS版が一番印象に残っている人が多いでしょうね。
グラディウスは僕の友達の臼杵くん(仮名)と繁則くん(仮名)が上手くて、いつも二人のプレイを後ろで見ていました。
グラディウスはある種のパターンゲームなんですが、それでもプレイヤーの色というか癖が出るゲームなので、100人いれば100通りのプレイスタイルがあるゲームだと思います。
臼杵くんは、とにかく得点を取りにいくプレイスタイルで、繁則くんは弾避けを好むスタイルでした。
他にも、大学の時の友人の目黒君(仮名)は細かな動きをしながら敵を倒すのが好きなスタイルでした。
今の僕にとってのグラディウスっていうと、やはりMSX版ですね。
ファミコン版のグラディウスをプレイした時に、レーザーが全然長くならなくて「なんじゃ、こりゃ」って松田優作的な気分になったもんです。
その後で、MSX版のグラディウスをプレイしたんですが、レーザーがちゃんと長くなるだけで、スクロールもキャラの動きも色も全然気にならない、っていうか、むしろこのグラディウスの方がイイって感じになりました。
これがパッケージの表です。
とても有名なイラストですね。
この絵を見れば、何も言わなくても「あぁ、グラディウスね」って感じで誰もがわかると思います。
これはパッケージの裏です。
1986年というと、ボン・ジョビのニュージャージーが出る前の年ですね。
MSX用なのでROMカセットになります。
後に、臼杵くん(仮名)がX1用グラディウスを手に入れて、それを遊ぶようになってからはMSX用グラディウスはあまりプレイしなくなりました。
その後、X68000を購入してSPS版グラディウスをプレイしました。
今でもグラディウスをプレイするんですが、よくやるのはプレステ版です。
グラディウスⅡも入っているデラックスパック版を持っています。
ここ十数年は、このプレステ版しかプレイしていなかったんだけど、こうしてブログを書いていたらMSX版をやりたくなってきました。
まぁ、とにかく一視聴者として「ベストヒットUSA番組誕生40年おめでとうございます」と述べたいです。
一昨日に観て、今日も観ることができるなんて嬉しい限りです。
前半ではボン・ジョビがリモートインタビューで出演するということで、すごく楽しみにしていました。
場所は自宅っぽいところだったんだけど、革ジャンを着てインタビューを受けているのが、とてもカッコよかったですね。
僕は、いいちこを炭酸で割ったのと湖池屋のスティックポテトのり塩味を用意して、飲み食いしながら観ていました。
最近は健康のことを考えてビールは控えて焼酎にしています。
高校の頃ですかね。最初に聴いたアルバムはニュージャージーでした。
あのロン毛に憧れたものです。あと、あの声ですね。
小林克也さんも言っていますが、独特の声をしていますね。
続いて、マイケルジャクソンのスリラーをノーカットで放映しました。
日本でフルに放映したのはベストヒットUSAが初めてだったんですね。知らなかった。
スティーブルカサーもビデオメッセージを送ってくれていました。
歳をとったんだか、とらないんだかわからない風貌でしたよ。
あと、机の上にあった宇宙人のグレイみたいな人形が気になってしかたがありませんでした。
A-haのテイク・オン・ミーのミュージックビデオも流れました。
これは、本当に思い出深いです。
当時、中学生だった僕は、たまたまテレビで放映していた番組でA-haのテイクオンミーの演奏を聴いて好きになったんです。
パワー・オブ・ラブを小林克也さんが歌ったライブ映像もよかったですよ。
この曲を聴くと、バック・トゥ・ザ・フューチャーというよりも、マイケル・J・フォックスがインテグラに乗っているCMの方を想い出します。
ホール&オーツは80年代だけじゃなくて2005年にもインタビューを受けていて、その映像も懐かしかったです。あと、シカゴのビル・チャンプリンの今の映像を観てビックリです。もう、おじいちゃんじゃないですか。
最後の小林克也さんからの問いかけへの返事は難しいものがありますね。
音楽を楽しんでいますかって問には、楽しんでいますって答えられます。
昔の歌と今の歌を聴いてどう感じますかって問にはどう答えるべきか悩みますね。
昔はシンディ・ローパーとかをよく聴いていたけど、今はデュア・リパとかをよく聴くから昔も今も変わらず楽しんでいますって答えたいところだけど、もうアラフィフなので、今の中学生や高校生が楽しんでいる歌のすべてを楽しめるかというとそうではありません。
ボン・ジョビがインタビューの中で、歳を取ったらその年齢に合った歌を歌いたいって言っていましたが、聴く側としても自分の年齢に合ったロックやポップスを聴きたいなぁってことです。
そして、僕がロックに一番傾倒していた時期のシューティングゲームということで、グラディウスの話しを書きたいと思います。
昔、BASICマガジンの連載コーナーで山下章さんが書いていましたが、シューティングゲームの歴史において流れを作った、又は流れを変えたといわれるゲームは3つあって、ゼビウス、グラディウス、R-TYPEがそれだということです。
この話しには僕も同感で、この3つは今現在でもエポックな作品だと思います。
どれも好きなゲームではあるんだけど、僕はこの3つの中ではグラディウスが一番好きです。
そしてアーケード以外のグラディウスっていうと、初代X68000に付いてきたSPS版が一番印象に残っている人が多いでしょうね。
グラディウスは僕の友達の臼杵くん(仮名)と繁則くん(仮名)が上手くて、いつも二人のプレイを後ろで見ていました。
グラディウスはある種のパターンゲームなんですが、それでもプレイヤーの色というか癖が出るゲームなので、100人いれば100通りのプレイスタイルがあるゲームだと思います。
臼杵くんは、とにかく得点を取りにいくプレイスタイルで、繁則くんは弾避けを好むスタイルでした。
他にも、大学の時の友人の目黒君(仮名)は細かな動きをしながら敵を倒すのが好きなスタイルでした。
今の僕にとってのグラディウスっていうと、やはりMSX版ですね。
ファミコン版のグラディウスをプレイした時に、レーザーが全然長くならなくて「なんじゃ、こりゃ」って松田優作的な気分になったもんです。
その後で、MSX版のグラディウスをプレイしたんですが、レーザーがちゃんと長くなるだけで、スクロールもキャラの動きも色も全然気にならない、っていうか、むしろこのグラディウスの方がイイって感じになりました。
これがパッケージの表です。
とても有名なイラストですね。
この絵を見れば、何も言わなくても「あぁ、グラディウスね」って感じで誰もがわかると思います。
これはパッケージの裏です。
1986年というと、ボン・ジョビのニュージャージーが出る前の年ですね。
MSX用なのでROMカセットになります。
後に、臼杵くん(仮名)がX1用グラディウスを手に入れて、それを遊ぶようになってからはMSX用グラディウスはあまりプレイしなくなりました。
その後、X68000を購入してSPS版グラディウスをプレイしました。
今でもグラディウスをプレイするんですが、よくやるのはプレステ版です。
グラディウスⅡも入っているデラックスパック版を持っています。
ここ十数年は、このプレステ版しかプレイしていなかったんだけど、こうしてブログを書いていたらMSX版をやりたくなってきました。
まぁ、とにかく一視聴者として「ベストヒットUSA番組誕生40年おめでとうございます」と述べたいです。
2021-04-05 00:01
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電脳学園2 ハイウェイバスター その1 [レトロゲーム]
観てきました。
遂に完結のシン・エヴァンゲリオン劇場版をです。
朝早くの回を観に行ったんですが、窓口でチケットを買って入ったら店員さんから「先着〇人の方に配っているカードです」って言われておまけをもらいました。
あと、観終わった後でパンフも買いました。パンフが1500円で、なんか高いなぁって思いましたけどね。
終わり方としては、僕的にはこれでいいねって思いましたね。
なんか、テレビシリーズの最後をベースにちゃんと作ったらこうなったって感じを受けました。
ただ、テレビシリーズから四半世紀経っているんで、テレビシリーズを作っていた時に考えていた終わり方と今回の終わり方が一緒だとは思えませんがね。
それでも、ベースとなるストーリーはこうなる終わり方だったんじゃないかなって感じました。
エヴァンゲリオンをテレビで観たときは20代半ばだったのが、もうアラフィフですからね。
観終わってすぐの感想は内容に対してではなくて、あれからずいぶんと時間が経ったなぁという感慨ですかね。
大学時代の友人で高校の先生をしている道雄君(仮名)から、「エヴァの映画を観てきました。これで僕もエヴァを卒業です」って書いてあるメールをもらったんですが、内容についてまったくメールに書いていなかった理由がわかりました。
とりあえず、終わりなんだなってことのほうが印象深いんですよ。
映画で流れる宇多田ヒカルの「One Last Kiss」がいい曲だなぁって思って、ネットでプロモーションビデオを観たんですが、いつの間にか宇多田ヒカルがすごく可愛くなっていて、そっちのほうがビックリしてしまいました。
20年以上前ですかね、デビューした宇多田ヒカルを見たのは。
僕が30歳手前に差し掛かったくらいのときだから。
エヴァンゲリオンもいいけど、庵野監督絡みで一番好きなのはオネアミスの翼とトップをねらえです。
オネアミスの翼を観たのは、中学生の頃だったと思います。
友達5人で地元の映画館に観に行ったんです。
80年代中頃で、その頃は僕の地元のような田舎街でも、駅前に映画館が5件もありました。
当時は、前売り券を買うのではなくて本屋で配っていた映画の割引券を持って行って見ていました。
割引券を見せれば安く映画が観られたんですよ。
これが、当時使った割引券です。
併映がエンドアだったんですよ。
ウィーキー族がかわいかったです。
あと、オーバー・ザ・トップも観に行きました。
これは、オネアミスを観に行った友達とは別の友達と観に行きました。
観る映画によって、一緒に行く友達が違いました。
プロゴルファー猿は、一緒に観に行く友達がいなかったので一人で観に行きました。
中学生でドラえもんやプロゴルファー猿を観に行くのは僕ぐらいだったんで。
トップをねらえを知ったくらいからガイナックスってアニメ制作会社があるってことを知り、割とチェックをしていました。
PC-8801mkⅡSRを持っていた友達の家で、電脳学園というガイナックスが出していたゲームを遊ばせてもらったりしていました。
当時は、ゲームに出てくる女の子のイラストがいいなぁという感じでしたかね。
僕はMSX2も持っていたので電脳学園2を買って遊んだりしていました。
これが、電脳学園2のパッケージです。
こちらは裏面です。
この頃は新田真子さんのイラストが好きでした。
新田さん以外ではふくやまけいこさんとか、なにわあいさんとかの絵も好きでしたね。
まぁ、なんとなくわかってもらえると思います。
MSX用ですが3.5インチFDです。
マニュアルの表紙です。
明貴美加さんのイラストです。
もう10年以上前になりますが、神奈川にある関連先の職場に出向していたときに、せっかく関東にいるんだからということで、ワンフェスに行ったことがあります。
そのときに、ガイナックスのイベントをやっていて、司会をしていたのが明貴美加さんだったような気がするんですが、ちょっと自信がありません。
園田さんと宮脇さんのトークショーは覚えているんですけどね。
他にも北久保さんも描いてます。
このおまけ新聞がまたいいんですよ。
で、この画像を見ていて思い出したんですが、当時アニメや特撮に詳しかった友達がゼネプロって言ってたんですよね。
仮面ライダーのレプリカマスクなんかを通販で売っている時点で、ちょっと変な会社ですよね。
ダイコンのバニーの女の子のフィギュアもありますね。
ダインフィルムのことは雑誌で知っていたんですが、実際の映像を観たのは、上京して知り合った友人の下場くん(仮名)が持っていたビデオでです。
その時にはもう、ナディアもトップをねらえを観ていたので、これがアマチュア時代に制作したという噂の「ダイコンフィルムか」って感じで感心して観ました。
あの頃は、マニア受けする制作会社としてやっていくんだろうなぁくらいにしか思っていなかったので、まさかエヴァンゲリオンで社会現象まで作ってしまうとは想像もできませんでしたよ。
エヴァンゲリオンの本放送前に北関東の県で行われたガイナックスのイベントで第1話が見れたらしく、当時、そのイベントに参加した友人の下場くん(仮名)が興奮しながら「放送が始まったら、絶対にエヴァンゲリオンを観るべきだ」と言ったのでテレビシリーズを観たという次第です。
でまぁ、テレビシリーズが終了した時に思ったのは、ストーリーはよくわからなかったけどキャラは良かったなぁってことです。あと、三石琴乃さんのファンだったので、その辺もかな。
テレビシリーズが終わって何か月か経った時に、同人誌に漫画を載せる機会があったので、せっかくだからということで描いた漫画がこれです。
今まで、こんな漫画を描いていたことなんて話したことがなかったので、アラフィフなのに今更カミングアウトされても困るという方もいるでしょうが、まぁ、気にしないでください。
歳を取るというのは心が広くなることですから。
タイトルからして、もう、なんてゆーかアレなんですが、内容も無いんですよ。
四半世紀前の漫画なのに、委員長とトウジの関係を予想していたんですね。
僕ってすごくない?って、映画を観た後で思いました。ってゆーか、誰もが予想できたことですけどね。
エヴァンゲリオンはテレビシリーズの時からリアルタイムで観てきているので、最後の映画もちゃんと映画館で観れて良かったというのが、一番の感想ですね。
遂に完結のシン・エヴァンゲリオン劇場版をです。
朝早くの回を観に行ったんですが、窓口でチケットを買って入ったら店員さんから「先着〇人の方に配っているカードです」って言われておまけをもらいました。
あと、観終わった後でパンフも買いました。パンフが1500円で、なんか高いなぁって思いましたけどね。
終わり方としては、僕的にはこれでいいねって思いましたね。
なんか、テレビシリーズの最後をベースにちゃんと作ったらこうなったって感じを受けました。
ただ、テレビシリーズから四半世紀経っているんで、テレビシリーズを作っていた時に考えていた終わり方と今回の終わり方が一緒だとは思えませんがね。
それでも、ベースとなるストーリーはこうなる終わり方だったんじゃないかなって感じました。
エヴァンゲリオンをテレビで観たときは20代半ばだったのが、もうアラフィフですからね。
観終わってすぐの感想は内容に対してではなくて、あれからずいぶんと時間が経ったなぁという感慨ですかね。
大学時代の友人で高校の先生をしている道雄君(仮名)から、「エヴァの映画を観てきました。これで僕もエヴァを卒業です」って書いてあるメールをもらったんですが、内容についてまったくメールに書いていなかった理由がわかりました。
とりあえず、終わりなんだなってことのほうが印象深いんですよ。
映画で流れる宇多田ヒカルの「One Last Kiss」がいい曲だなぁって思って、ネットでプロモーションビデオを観たんですが、いつの間にか宇多田ヒカルがすごく可愛くなっていて、そっちのほうがビックリしてしまいました。
20年以上前ですかね、デビューした宇多田ヒカルを見たのは。
僕が30歳手前に差し掛かったくらいのときだから。
エヴァンゲリオンもいいけど、庵野監督絡みで一番好きなのはオネアミスの翼とトップをねらえです。
オネアミスの翼を観たのは、中学生の頃だったと思います。
友達5人で地元の映画館に観に行ったんです。
80年代中頃で、その頃は僕の地元のような田舎街でも、駅前に映画館が5件もありました。
当時は、前売り券を買うのではなくて本屋で配っていた映画の割引券を持って行って見ていました。
割引券を見せれば安く映画が観られたんですよ。
これが、当時使った割引券です。
併映がエンドアだったんですよ。
ウィーキー族がかわいかったです。
あと、オーバー・ザ・トップも観に行きました。
これは、オネアミスを観に行った友達とは別の友達と観に行きました。
観る映画によって、一緒に行く友達が違いました。
プロゴルファー猿は、一緒に観に行く友達がいなかったので一人で観に行きました。
中学生でドラえもんやプロゴルファー猿を観に行くのは僕ぐらいだったんで。
トップをねらえを知ったくらいからガイナックスってアニメ制作会社があるってことを知り、割とチェックをしていました。
PC-8801mkⅡSRを持っていた友達の家で、電脳学園というガイナックスが出していたゲームを遊ばせてもらったりしていました。
当時は、ゲームに出てくる女の子のイラストがいいなぁという感じでしたかね。
僕はMSX2も持っていたので電脳学園2を買って遊んだりしていました。
これが、電脳学園2のパッケージです。
こちらは裏面です。
この頃は新田真子さんのイラストが好きでした。
新田さん以外ではふくやまけいこさんとか、なにわあいさんとかの絵も好きでしたね。
まぁ、なんとなくわかってもらえると思います。
MSX用ですが3.5インチFDです。
マニュアルの表紙です。
明貴美加さんのイラストです。
もう10年以上前になりますが、神奈川にある関連先の職場に出向していたときに、せっかく関東にいるんだからということで、ワンフェスに行ったことがあります。
そのときに、ガイナックスのイベントをやっていて、司会をしていたのが明貴美加さんだったような気がするんですが、ちょっと自信がありません。
園田さんと宮脇さんのトークショーは覚えているんですけどね。
他にも北久保さんも描いてます。
このおまけ新聞がまたいいんですよ。
で、この画像を見ていて思い出したんですが、当時アニメや特撮に詳しかった友達がゼネプロって言ってたんですよね。
仮面ライダーのレプリカマスクなんかを通販で売っている時点で、ちょっと変な会社ですよね。
ダイコンのバニーの女の子のフィギュアもありますね。
ダインフィルムのことは雑誌で知っていたんですが、実際の映像を観たのは、上京して知り合った友人の下場くん(仮名)が持っていたビデオでです。
その時にはもう、ナディアもトップをねらえを観ていたので、これがアマチュア時代に制作したという噂の「ダイコンフィルムか」って感じで感心して観ました。
あの頃は、マニア受けする制作会社としてやっていくんだろうなぁくらいにしか思っていなかったので、まさかエヴァンゲリオンで社会現象まで作ってしまうとは想像もできませんでしたよ。
エヴァンゲリオンの本放送前に北関東の県で行われたガイナックスのイベントで第1話が見れたらしく、当時、そのイベントに参加した友人の下場くん(仮名)が興奮しながら「放送が始まったら、絶対にエヴァンゲリオンを観るべきだ」と言ったのでテレビシリーズを観たという次第です。
でまぁ、テレビシリーズが終了した時に思ったのは、ストーリーはよくわからなかったけどキャラは良かったなぁってことです。あと、三石琴乃さんのファンだったので、その辺もかな。
テレビシリーズが終わって何か月か経った時に、同人誌に漫画を載せる機会があったので、せっかくだからということで描いた漫画がこれです。
今まで、こんな漫画を描いていたことなんて話したことがなかったので、アラフィフなのに今更カミングアウトされても困るという方もいるでしょうが、まぁ、気にしないでください。
歳を取るというのは心が広くなることですから。
タイトルからして、もう、なんてゆーかアレなんですが、内容も無いんですよ。
四半世紀前の漫画なのに、委員長とトウジの関係を予想していたんですね。
僕ってすごくない?って、映画を観た後で思いました。ってゆーか、誰もが予想できたことですけどね。
エヴァンゲリオンはテレビシリーズの時からリアルタイムで観てきているので、最後の映画もちゃんと映画館で観れて良かったというのが、一番の感想ですね。
2021-03-29 01:13
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スター・ジャッカーその1 [レトロゲーム]
今日、NHK教育で、以前に放映していたYOUの再放送をしていました。
1984年6月9日に放送されたやつで、糸井重里さんや坂本龍一さんなど、今では大御所の有名人の若かりし頃がたくさん出ていました。
当時は僕も中学生で、YOUはたまに観ていましたね。
オープニングの音楽と大友克洋さんのイラストが強く印象に残っていました。
で、観終わった後で1984年の頃って僕は何をしていかなぁとか考えてました。
まぁ、パソコンでゲームやったりテレビ観たりラジカセで音楽を聴いたりと、今と変わらない生活だったんですがね。
当時、ギターとかキーボードでの演奏に興味を持って、好きな音楽の演奏を始めたいなと思っていたんです。
でも、キーボードは高くて買えないんで、家にあったフォークギターで練習を始めたわけです。
フォークギターの弦って鉄だから、うまく押さえられるようになるまで指先が痛くて、当時、部活で剣道部に入っていた僕は指先の痛みで竹刀が上手く握れない期間がありました。
(それほど上手いわけではなかったので、握れていないのがバレることはありませんでしたが)
それで、ギターで練習していた曲は、当時買っていた学研のアニメディアに付録で付いてきたアニソンの楽譜に載っていた曲です。
メロディとコードが載っていたので、ギターで弾いて歌うことができました。
1984年のアニメディア4月号についてきた楽譜付きのソングブックの表紙です。
ゴーグ、メモル、エルガイム、ウイングマン、カトリ、ケニヤ、綿の国星、これらが新番組だったり、当時、上映された映画だったんです。
ゴーグは安彦良和さん初のテレビシーズ監督作品で、しかも最初で最後のテレビシリーズなんですよね。
僕の中では、安彦作品の中ではゴーグが最高傑作だと思っています。
めくると、1983年のアニメ主題歌売り上げベスト10が載っています。
どんなデータを元にしてベスト10が決まったのかは全然わかりませんが、ともかくなんとなく納得できる10曲ですね。
個人的には、パーマンはエンディング曲の方がアップテンポでノリが良くてバンド演奏向きなので、そちらの方が好きなんですが、三輪さんの声のファンなのでこれでもOKです。
最初は映画の楽譜です。
超人ロックの星のストレンジャーは名曲中の名曲です。
最近、ブルーレイで超人ロックの映画が再販されたので、とりあえず購入しました。
パッケージです。
もう35年以上も前になるんですね。
ロックはしばらくコミックを買っていたんですが、途中から買わなくなってしまいました。
完結したら全巻セットで買おうかなぁと考えています。
ページをめくっていくと、春の新番組のテレビアニメの楽譜となります。
どれもこれも名曲なんですが、僕的にはウイングマンのWing LoveとスターザンSの恋する気持ちはドーナツの中、ガルビオンのLONLY CHASERが特にいいですね。
ちなみに、スターザンSは「スターザンス」と読みます。
各楽譜には、歌手からのワンポイントアドバイスが載っています。
例えば、エルガイムだとMIOさんのアドバイスです。
あと、ページの下の方には小ネタが載っていました。
エルガイムのページ下に載っていた小ネタはこんな感じです。
MIOさんの歌唱力は本物ですからね。
GU-GUガンモのページの下には歌っていたスージー松原さん(あの松原ミキさん!)の名前の由来が載っていました。
真夜中のドアとかすごく好きでしたねぇ。
最後のページには、劇場版LPレコードに付いていた得点ポスターが掲載されています。
1984年11月号には秋の新番組の楽譜付きのソングブックが付録として付いてきました。
これまた、歴史に残る名作揃いなので名曲ばかりです。
表紙にあるのはガリアン、メカドック、キャッツアイ、ビスマルク、ふたり鷹です。
表紙をめくると、またしても何のデータを元にしたのかわからない1984年上半期LPのベスト10です。
こうして見るとナウシカとうる星やつらは、やっぱり強かったんですね。
アニメディアは学研が出版していたので、小学館のうる星やつらと徳間書店のナウシカとは関係ないから、編集部の率直な意見なんでしょう。
目次を見ると、今でもよく耳にする曲ばかりです。
僕としては、メカドックのよろしくチューニング、ガリアンの星の一秒、名探偵ホームズの空からこぼれたStory、あとコアラボーイコッキイの曲が一押しです。
よく見ると名探偵ホームズの空からこぼれたStoryとテムズ河のDanceに(仮)が付いています。
この時点では、曲名が決まっていなかったのかな?
歌っていたのはダ・カーポで、すごくイイ声でした。
最後のページには1984年上半期のシングルレコードのベスト12です。
なんでシングルレコードはベスト12なんだろう、ってのは置いておいて。
この中での僕の一番のお気に入りはパジャマ・じゃまだですね。
ポップでキュートで気分が明るくなれる曲です。
あと、シュガーが歌ったサーカスゲーム、Hello,VIFAMもいいですよ。
伊賀野カバ丸はいとこのお姉さんがコミックスを持っていて、よく借りて読んでいました。
(あとアラミス78とか)
アニメだけじゃなくて、確か実写で映画化されたんじゃなかったかな。
まぁそもそも、タイトルが有名な忍者漫画のパロディだということを令和の時代に知っているのはアラフィフ以上だと思うんですがね。
でまぁ、そんな1984年に僕がギターでアニソンを一生懸命練習していた頃、友人の臼杵くん(仮名)がセガのSC-3000を購入して遊んでいたゲームがスター・ジャッカーでした。
これはゲーセンにもあったような気がするんですが、僕が初めてプレイしたのはSC-3000版でした。
パッケージの表面です。
なんとなく小さなスターデストロイヤーっぽいイラストが描かれています。
パッケージの裏面です。
日本語と英語の説明が記載されているのがカッコイイと感じたのを覚えています。
そして、小さく青い字で、パッケージのイラストと商品とは異なる点があります、と記載されています。
まぁ、そんなことを言われなくてもわかっていましたがね。
カートリッジです。
マニュアルです。
SC-3000用のジョイスティックを持っていなかったので、キーボードで操作していました。
臼杵くん(仮名)の家でかなり遊ばせてもらいましたね。
BGMはもの悲しい感じで、今でもメロディを口ずさむことができます。
YOUの話しに戻りますが、80年代というのはいろんなものが世の中に出てきたのと同時に、これからどうしていいのかわからず閉塞感を感じていた時代でもあったんですね。
当時のパソコン、ゲーム、アニメ、音楽を見ると、新しいものが溢れ出ていて輝いていたように思えるんだけど、当時は新しいものを生み出すにはどうしたらいいのかって悩んでいたというのが驚きです。
令和版YOUみたいな番組を観てみたい気持ちですよ。
1984年6月9日に放送されたやつで、糸井重里さんや坂本龍一さんなど、今では大御所の有名人の若かりし頃がたくさん出ていました。
当時は僕も中学生で、YOUはたまに観ていましたね。
オープニングの音楽と大友克洋さんのイラストが強く印象に残っていました。
で、観終わった後で1984年の頃って僕は何をしていかなぁとか考えてました。
まぁ、パソコンでゲームやったりテレビ観たりラジカセで音楽を聴いたりと、今と変わらない生活だったんですがね。
当時、ギターとかキーボードでの演奏に興味を持って、好きな音楽の演奏を始めたいなと思っていたんです。
でも、キーボードは高くて買えないんで、家にあったフォークギターで練習を始めたわけです。
フォークギターの弦って鉄だから、うまく押さえられるようになるまで指先が痛くて、当時、部活で剣道部に入っていた僕は指先の痛みで竹刀が上手く握れない期間がありました。
(それほど上手いわけではなかったので、握れていないのがバレることはありませんでしたが)
それで、ギターで練習していた曲は、当時買っていた学研のアニメディアに付録で付いてきたアニソンの楽譜に載っていた曲です。
メロディとコードが載っていたので、ギターで弾いて歌うことができました。
1984年のアニメディア4月号についてきた楽譜付きのソングブックの表紙です。
ゴーグ、メモル、エルガイム、ウイングマン、カトリ、ケニヤ、綿の国星、これらが新番組だったり、当時、上映された映画だったんです。
ゴーグは安彦良和さん初のテレビシーズ監督作品で、しかも最初で最後のテレビシリーズなんですよね。
僕の中では、安彦作品の中ではゴーグが最高傑作だと思っています。
めくると、1983年のアニメ主題歌売り上げベスト10が載っています。
どんなデータを元にしてベスト10が決まったのかは全然わかりませんが、ともかくなんとなく納得できる10曲ですね。
個人的には、パーマンはエンディング曲の方がアップテンポでノリが良くてバンド演奏向きなので、そちらの方が好きなんですが、三輪さんの声のファンなのでこれでもOKです。
最初は映画の楽譜です。
超人ロックの星のストレンジャーは名曲中の名曲です。
最近、ブルーレイで超人ロックの映画が再販されたので、とりあえず購入しました。
パッケージです。
もう35年以上も前になるんですね。
ロックはしばらくコミックを買っていたんですが、途中から買わなくなってしまいました。
完結したら全巻セットで買おうかなぁと考えています。
ページをめくっていくと、春の新番組のテレビアニメの楽譜となります。
どれもこれも名曲なんですが、僕的にはウイングマンのWing LoveとスターザンSの恋する気持ちはドーナツの中、ガルビオンのLONLY CHASERが特にいいですね。
ちなみに、スターザンSは「スターザンス」と読みます。
各楽譜には、歌手からのワンポイントアドバイスが載っています。
例えば、エルガイムだとMIOさんのアドバイスです。
あと、ページの下の方には小ネタが載っていました。
エルガイムのページ下に載っていた小ネタはこんな感じです。
MIOさんの歌唱力は本物ですからね。
GU-GUガンモのページの下には歌っていたスージー松原さん(あの松原ミキさん!)の名前の由来が載っていました。
真夜中のドアとかすごく好きでしたねぇ。
最後のページには、劇場版LPレコードに付いていた得点ポスターが掲載されています。
1984年11月号には秋の新番組の楽譜付きのソングブックが付録として付いてきました。
これまた、歴史に残る名作揃いなので名曲ばかりです。
表紙にあるのはガリアン、メカドック、キャッツアイ、ビスマルク、ふたり鷹です。
表紙をめくると、またしても何のデータを元にしたのかわからない1984年上半期LPのベスト10です。
こうして見るとナウシカとうる星やつらは、やっぱり強かったんですね。
アニメディアは学研が出版していたので、小学館のうる星やつらと徳間書店のナウシカとは関係ないから、編集部の率直な意見なんでしょう。
目次を見ると、今でもよく耳にする曲ばかりです。
僕としては、メカドックのよろしくチューニング、ガリアンの星の一秒、名探偵ホームズの空からこぼれたStory、あとコアラボーイコッキイの曲が一押しです。
よく見ると名探偵ホームズの空からこぼれたStoryとテムズ河のDanceに(仮)が付いています。
この時点では、曲名が決まっていなかったのかな?
歌っていたのはダ・カーポで、すごくイイ声でした。
最後のページには1984年上半期のシングルレコードのベスト12です。
なんでシングルレコードはベスト12なんだろう、ってのは置いておいて。
この中での僕の一番のお気に入りはパジャマ・じゃまだですね。
ポップでキュートで気分が明るくなれる曲です。
あと、シュガーが歌ったサーカスゲーム、Hello,VIFAMもいいですよ。
伊賀野カバ丸はいとこのお姉さんがコミックスを持っていて、よく借りて読んでいました。
(あとアラミス78とか)
アニメだけじゃなくて、確か実写で映画化されたんじゃなかったかな。
まぁそもそも、タイトルが有名な忍者漫画のパロディだということを令和の時代に知っているのはアラフィフ以上だと思うんですがね。
でまぁ、そんな1984年に僕がギターでアニソンを一生懸命練習していた頃、友人の臼杵くん(仮名)がセガのSC-3000を購入して遊んでいたゲームがスター・ジャッカーでした。
これはゲーセンにもあったような気がするんですが、僕が初めてプレイしたのはSC-3000版でした。
パッケージの表面です。
なんとなく小さなスターデストロイヤーっぽいイラストが描かれています。
パッケージの裏面です。
日本語と英語の説明が記載されているのがカッコイイと感じたのを覚えています。
そして、小さく青い字で、パッケージのイラストと商品とは異なる点があります、と記載されています。
まぁ、そんなことを言われなくてもわかっていましたがね。
カートリッジです。
マニュアルです。
SC-3000用のジョイスティックを持っていなかったので、キーボードで操作していました。
臼杵くん(仮名)の家でかなり遊ばせてもらいましたね。
BGMはもの悲しい感じで、今でもメロディを口ずさむことができます。
YOUの話しに戻りますが、80年代というのはいろんなものが世の中に出てきたのと同時に、これからどうしていいのかわからず閉塞感を感じていた時代でもあったんですね。
当時のパソコン、ゲーム、アニメ、音楽を見ると、新しいものが溢れ出ていて輝いていたように思えるんだけど、当時は新しいものを生み出すにはどうしたらいいのかって悩んでいたというのが驚きです。
令和版YOUみたいな番組を観てみたい気持ちですよ。
2021-02-14 23:03
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ドアドア その2 [レトロゲーム]
毎年1月2日、3日は箱根駅伝を観て過ごします。
僕の出た大学も毎年予選会に出場しているんですが、いつも予選会落ちです。
僕が学生の時、実験の授業で相方だった人が陸上部だったことがあって、予選会のこととか聞いたことがあるんだけど、予選会を突破する人々をみるとバケモノとしか思えないって言っていたのを覚えてます。
往路中継を見終わってからサンドイッチマンのテレビを観て、お雑煮を食べたりしてました。
あと、マイケル・ジャクソンのアルバムを聴いたりとか。
で、ドアドアの記事の続きを書きたくなったので、書いてみます。
これがパッケージの表写真です。
チュンくんのデザインは、中村さんの高校時代の友人がデザインしてくれたって、テクノポリスのインタビュー記事にありましたね。
パッケージの裏です。
中村さんの写真が載っています。
四国の高校生時代から天才プログラマとして有名だと当時、友人に教えてもらいました。
カセットテープにプログラムデータを保存するということを知っているのって、どの年代生まれ以前なのかって気になりますね。
マニュアルです。
マニュアルには、なぜチュンくんがこんな状況になってしまったのかということが説明されています。
当時のゲームには、必ずと言っていいほど、ストーリーが付けられていたので、マニュアルに載っているこういうストーリーを読むのも楽しみの一つでした。
ゲーム一つとっても、文章を読んで世界を理解するということが必ずあったため、文章を読んで想像するという訓練を自然としていたように思います。
マニュアルにはジョイスティックの操作説明もあります。
昔のマニュアルは親切かつ丁寧な作りでした。
中学時代に僕が作っていたゲームの主人公キャラクターは、ドアドアのチュンくんを真似したキャラクターでした。
アルファの話しを書いたときに載せたイラストの女の子が手の上にのせているキャラが、僕がよく使っていたキャラです。
実は、なんて名前を付けていたのか全然思い出せません。
まぁ、急ぐことでもないので思い出すまで気長に待ちます。
そうそう、友人でサブカル研究家の木根さん(仮名)からクリスマスプレゼントとしてこんな本を頂きました。
僕が80年代で時間が止まっているということを知っている数少ない友人の一人なので、僕の好みをよくわかってくれています。
そんな木根さん(仮名)曰く、「ストップひばりくんがヒロインとして扱われているところに時代の進歩を感じるな」
まぁ、言われてみればその通りです。
今なら、バンコランとマライヒの関係もフツーですからね。
あと、ドアドアの画面を見ると、僕の中ではスティービーワンダーの音楽が流れるんですよ。
ドアドアをプレイするときにスティービーワンダーの曲をラジカセで流しながらプレイしていたからなんです。
そんなわけで、この文章を書いている間もスティービーワンダーの曲を聴きながら書いてます。
パートタイムラバーを初めて聴いた当時は、リズムが全面に出ているなんてノリのいい曲なんだって思いました。
その後、友達のお兄さんがLPアルバムを持っていると知り、頼んでカセットにダビングしてもらい、ゲームをプレイするときには流していたわけです。
正月早々、ブログの記事を書く時間があるっていうのも、なんてゆーか暇なんだなぁとか感じてしまいますね。
ただ、4日から仕事なので、明日は何もせずにダラダラと飲んでいたいと思います。
僕の出た大学も毎年予選会に出場しているんですが、いつも予選会落ちです。
僕が学生の時、実験の授業で相方だった人が陸上部だったことがあって、予選会のこととか聞いたことがあるんだけど、予選会を突破する人々をみるとバケモノとしか思えないって言っていたのを覚えてます。
往路中継を見終わってからサンドイッチマンのテレビを観て、お雑煮を食べたりしてました。
あと、マイケル・ジャクソンのアルバムを聴いたりとか。
で、ドアドアの記事の続きを書きたくなったので、書いてみます。
これがパッケージの表写真です。
チュンくんのデザインは、中村さんの高校時代の友人がデザインしてくれたって、テクノポリスのインタビュー記事にありましたね。
パッケージの裏です。
中村さんの写真が載っています。
四国の高校生時代から天才プログラマとして有名だと当時、友人に教えてもらいました。
カセットテープにプログラムデータを保存するということを知っているのって、どの年代生まれ以前なのかって気になりますね。
マニュアルです。
マニュアルには、なぜチュンくんがこんな状況になってしまったのかということが説明されています。
当時のゲームには、必ずと言っていいほど、ストーリーが付けられていたので、マニュアルに載っているこういうストーリーを読むのも楽しみの一つでした。
ゲーム一つとっても、文章を読んで世界を理解するということが必ずあったため、文章を読んで想像するという訓練を自然としていたように思います。
マニュアルにはジョイスティックの操作説明もあります。
昔のマニュアルは親切かつ丁寧な作りでした。
中学時代に僕が作っていたゲームの主人公キャラクターは、ドアドアのチュンくんを真似したキャラクターでした。
アルファの話しを書いたときに載せたイラストの女の子が手の上にのせているキャラが、僕がよく使っていたキャラです。
実は、なんて名前を付けていたのか全然思い出せません。
まぁ、急ぐことでもないので思い出すまで気長に待ちます。
そうそう、友人でサブカル研究家の木根さん(仮名)からクリスマスプレゼントとしてこんな本を頂きました。
僕が80年代で時間が止まっているということを知っている数少ない友人の一人なので、僕の好みをよくわかってくれています。
そんな木根さん(仮名)曰く、「ストップひばりくんがヒロインとして扱われているところに時代の進歩を感じるな」
まぁ、言われてみればその通りです。
今なら、バンコランとマライヒの関係もフツーですからね。
あと、ドアドアの画面を見ると、僕の中ではスティービーワンダーの音楽が流れるんですよ。
ドアドアをプレイするときにスティービーワンダーの曲をラジカセで流しながらプレイしていたからなんです。
そんなわけで、この文章を書いている間もスティービーワンダーの曲を聴きながら書いてます。
パートタイムラバーを初めて聴いた当時は、リズムが全面に出ているなんてノリのいい曲なんだって思いました。
その後、友達のお兄さんがLPアルバムを持っていると知り、頼んでカセットにダビングしてもらい、ゲームをプレイするときには流していたわけです。
正月早々、ブログの記事を書く時間があるっていうのも、なんてゆーか暇なんだなぁとか感じてしまいますね。
ただ、4日から仕事なので、明日は何もせずにダラダラと飲んでいたいと思います。
2021-01-02 22:34
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ドアドア その1 [レトロゲーム]
明けまして、おめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
そして、新型コロナのため今年の年末年始は帰省するのをやめて家でテレビをずっと観ています。
今日のベストヒットUSAは新春スペシャルでマイケル・ジャクソン特集でした。
金曜日が元旦ということもあったからでしょうか。
スタジオの看板が「2021」になっているのを観て、今年もベストヒットUSAが観れるのが大変嬉しく思います。
スポンサーがグッドイヤーからブリジストンに変わったのは軽い驚きです。
三浦大知さんがゲスト出演していました。
以前に、お源さんと一緒に出ているのを観てから興味を持っていた人です。
マイケルの曲で「Black or White」がいいっていうのを聞いて、僕と一緒だなって思いました。
これは僕が二十歳の頃の曲で、一人暮らししていた頃に聴いてましたね。
当時、ミュージックビデオのモーフィングにビックリしたのを覚えています。
僕が小学生の頃は、年末年始は必ず両親の実家へ行っていたんですが、中学3年の時に、高校受験の受験勉強のためという理由で、年末年始に両親の実家へ行くのをやめたことがあります。
で、受験勉強をしていたかというと、隣に住んでいた臼杵くん(仮名)と夜通し洋楽を聴いたりアニメビデオを観たり、パソコンゲームをしたりしていたという始末でした。
不要不急の外出を控えるということで帰省をやめたわけですが、テレビ三昧で過ごしていると、なんとなくその頃の後ろめたさが蘇ります。別に悪いことをしているわけでもないのに。
でまぁ、その頃にメインで使っていたパソコンはシャープのX1Csでした。
(臼杵くん(仮名)もシャープのX1turboを持っていたので、ゲームを交換して遊んだりしていました。)
受験勉強をすると偽って、夜通しプレイしていたゲームはドアドアやザ・キャッスルとか、雑誌に掲載されていたプログラムリストを入力したホバーアタックやクリィミーマミといったゲームでした。
その頃ですかね、友達にダビングしてもらったマクセルのメタルポジションテープにマイケル・ジャクソンの曲が入っていてビート・イットとかを聴いていたのも。
ドアドアを初めてプレイしたのは、子供の頃、近所にあった某N大学の文化祭で訪れた応用物理部というサークルの催しでした。
展示品の中にMZ-2000とFM-New7が置いてあって、MZ-2000でドアドアがプレイし放題だったんです。
ちなみに、FM-new7ではザースがプレイできました。
MZ-2000って、当時、いくらくらいしたんだろうと思って調べてみたら、結構な金額だったんですね。
これはI/O(1983年3月号)の広告に掲載されていたものです。
確か、この頃は軽自動車が新車で50万円とかで買えたような気がするんですよ。
あと思ったんですが、今は文化祭って言わないような気がします。
何時頃からか学祭って言うようになったなぁと。
某N大学の学祭には、小学校4年生から中学3年までの6年間、毎年行ってました。
サークル出店をしている大学生達が、もの凄く楽しそうなんで、見にいくだけで楽しかったですね。
サイクリング部は喫茶店をやっていて、紅茶を一杯飲むと特製のマッチ箱をくれました。
今考えるとすごいことなんだけど、小中学生にマッチ箱をあげていたんですよね。しかも、中にはちゃんとマッチ棒が入っていました。
箱には手書きの自転車の絵が描いてありました。
鉄道研究会は、Nゲージを走らせたり撮影した鉄道写真を飾っていました。
見に来た人に、鉄道写真のしおりを配っていました。
漫画研究会は同人誌を売ったり、アニメの上映会をしていました。
富野由悠希氏が系列大の出身ということで、インタビューした映像を流していたのを覚えています。
カリオストロの城が上映されたり巨神ゴーグとかが放映された年だったんじゃなかったかと...
アーチェリー部はボウガンによる的当て大会をやっていました。
このときのボウガンが、すごく重くて、持っているだけでフラフラしてしまうような代物でした。
なので、小中学生にはとうてい的に当てることなどできませんでした。
他にも、グライダー部とか将棋部とか映画研究会とかテニス部とか。
ワンダーフォーゲル部っていうのもあって、食べ物の屋台をやっていました。
当時、つまり僕の記憶の中では80年代前半の大学の学祭が、もっとも学祭が盛大だったイメージですね。
校舎内でも、沢山のサークルが展示やイベントをやっていたし、サークル屋台が学内の広場や通りに何十店舗も出ていました。
学内の広場には特設ステージが作られて、バンド演奏があったり、フィーリングカップル5対5みたいなイベントが開かれていました。
体育館では映画研究会がロッキーを上映していたのも覚えています。
上映用のフィルムとかって、どうしていたんだろう?
グライダー部なんかは、中庭の芝生の生えているスペースにグライダーを展示して小中学生には触らせてくれました。
ちょうど10年くらい前、僕がまだアラフォーだった時に、25年ぶりくらいに某N大学の学祭に行ったんですが、校内のサークル屋台は当時の1/3くらいで、なんとなく静かな感じでビックリしてしまいました。
若者人口が減少しているというのを肌身をもって感じましたね。
でまぁ、話は戻りますが、学祭が盛り上がっていたなぁと僕が思う80年代前半、応用物理部のMZ-2000でプレイしたドアドアが、僕にとってのドアドアなんです。
MZ-2000がグリーンディスプレイだったので、チュンくんの色は緑一色だったけど、I/Oの広告で本来の色は知っていたので、その辺は脳内補完をしていました。
アクションゲームって好きなんだけど、昔から苦手で、この時もなかなか2面がクリアできなくて四苦八苦してプレイしていました。
それで、その後でX1版のドアドアを買いました。
X1版なので、もちろんテープ版です。
中村光一さんは、当時の僕の憧れでした。
テクノポリスで連載記事を持っていた頃は、毎月欠かさず読んでいましたね。
I/O(1983年3月号)に掲載されていたエニックスのコンテスト結果の広告です。
今は亡き森田和郎さんも載っています。
翌年のI/O(1984年2月号)の広告です。
MZ-2000版のドアドアは3800円だったんですね。
この頃、エニックスの名前の前についていた「小西六」って何だろうって思ってました。
I/O(1984年8月号)の広告です。
対応機種の中にX1版の記載があります。
PC-6000シリーズ用に「ドアドアmkⅡ」リリースされています。
I/O(1985年7月号)の広告です。
「ドアドアmkⅡ」がMSXでもリリースされて、こちらがメインとなっています。
今日のベストヒットUSAを観て改めて思いましたが、マイケルジャクソンって本当にすごい人だったんだなぁと。
って、今更ですが。
僕的には、マン・イン・ザ・ミラーを聴きたいので、明日の日中はマイケルのアルバムを聴こうと思います。
今年もよろしくお願いします。
そして、新型コロナのため今年の年末年始は帰省するのをやめて家でテレビをずっと観ています。
今日のベストヒットUSAは新春スペシャルでマイケル・ジャクソン特集でした。
金曜日が元旦ということもあったからでしょうか。
スタジオの看板が「2021」になっているのを観て、今年もベストヒットUSAが観れるのが大変嬉しく思います。
スポンサーがグッドイヤーからブリジストンに変わったのは軽い驚きです。
三浦大知さんがゲスト出演していました。
以前に、お源さんと一緒に出ているのを観てから興味を持っていた人です。
マイケルの曲で「Black or White」がいいっていうのを聞いて、僕と一緒だなって思いました。
これは僕が二十歳の頃の曲で、一人暮らししていた頃に聴いてましたね。
当時、ミュージックビデオのモーフィングにビックリしたのを覚えています。
僕が小学生の頃は、年末年始は必ず両親の実家へ行っていたんですが、中学3年の時に、高校受験の受験勉強のためという理由で、年末年始に両親の実家へ行くのをやめたことがあります。
で、受験勉強をしていたかというと、隣に住んでいた臼杵くん(仮名)と夜通し洋楽を聴いたりアニメビデオを観たり、パソコンゲームをしたりしていたという始末でした。
不要不急の外出を控えるということで帰省をやめたわけですが、テレビ三昧で過ごしていると、なんとなくその頃の後ろめたさが蘇ります。別に悪いことをしているわけでもないのに。
でまぁ、その頃にメインで使っていたパソコンはシャープのX1Csでした。
(臼杵くん(仮名)もシャープのX1turboを持っていたので、ゲームを交換して遊んだりしていました。)
受験勉強をすると偽って、夜通しプレイしていたゲームはドアドアやザ・キャッスルとか、雑誌に掲載されていたプログラムリストを入力したホバーアタックやクリィミーマミといったゲームでした。
その頃ですかね、友達にダビングしてもらったマクセルのメタルポジションテープにマイケル・ジャクソンの曲が入っていてビート・イットとかを聴いていたのも。
ドアドアを初めてプレイしたのは、子供の頃、近所にあった某N大学の文化祭で訪れた応用物理部というサークルの催しでした。
展示品の中にMZ-2000とFM-New7が置いてあって、MZ-2000でドアドアがプレイし放題だったんです。
ちなみに、FM-new7ではザースがプレイできました。
MZ-2000って、当時、いくらくらいしたんだろうと思って調べてみたら、結構な金額だったんですね。
これはI/O(1983年3月号)の広告に掲載されていたものです。
確か、この頃は軽自動車が新車で50万円とかで買えたような気がするんですよ。
あと思ったんですが、今は文化祭って言わないような気がします。
何時頃からか学祭って言うようになったなぁと。
某N大学の学祭には、小学校4年生から中学3年までの6年間、毎年行ってました。
サークル出店をしている大学生達が、もの凄く楽しそうなんで、見にいくだけで楽しかったですね。
サイクリング部は喫茶店をやっていて、紅茶を一杯飲むと特製のマッチ箱をくれました。
今考えるとすごいことなんだけど、小中学生にマッチ箱をあげていたんですよね。しかも、中にはちゃんとマッチ棒が入っていました。
箱には手書きの自転車の絵が描いてありました。
鉄道研究会は、Nゲージを走らせたり撮影した鉄道写真を飾っていました。
見に来た人に、鉄道写真のしおりを配っていました。
漫画研究会は同人誌を売ったり、アニメの上映会をしていました。
富野由悠希氏が系列大の出身ということで、インタビューした映像を流していたのを覚えています。
カリオストロの城が上映されたり巨神ゴーグとかが放映された年だったんじゃなかったかと...
アーチェリー部はボウガンによる的当て大会をやっていました。
このときのボウガンが、すごく重くて、持っているだけでフラフラしてしまうような代物でした。
なので、小中学生にはとうてい的に当てることなどできませんでした。
他にも、グライダー部とか将棋部とか映画研究会とかテニス部とか。
ワンダーフォーゲル部っていうのもあって、食べ物の屋台をやっていました。
当時、つまり僕の記憶の中では80年代前半の大学の学祭が、もっとも学祭が盛大だったイメージですね。
校舎内でも、沢山のサークルが展示やイベントをやっていたし、サークル屋台が学内の広場や通りに何十店舗も出ていました。
学内の広場には特設ステージが作られて、バンド演奏があったり、フィーリングカップル5対5みたいなイベントが開かれていました。
体育館では映画研究会がロッキーを上映していたのも覚えています。
上映用のフィルムとかって、どうしていたんだろう?
グライダー部なんかは、中庭の芝生の生えているスペースにグライダーを展示して小中学生には触らせてくれました。
ちょうど10年くらい前、僕がまだアラフォーだった時に、25年ぶりくらいに某N大学の学祭に行ったんですが、校内のサークル屋台は当時の1/3くらいで、なんとなく静かな感じでビックリしてしまいました。
若者人口が減少しているというのを肌身をもって感じましたね。
でまぁ、話は戻りますが、学祭が盛り上がっていたなぁと僕が思う80年代前半、応用物理部のMZ-2000でプレイしたドアドアが、僕にとってのドアドアなんです。
MZ-2000がグリーンディスプレイだったので、チュンくんの色は緑一色だったけど、I/Oの広告で本来の色は知っていたので、その辺は脳内補完をしていました。
アクションゲームって好きなんだけど、昔から苦手で、この時もなかなか2面がクリアできなくて四苦八苦してプレイしていました。
それで、その後でX1版のドアドアを買いました。
X1版なので、もちろんテープ版です。
中村光一さんは、当時の僕の憧れでした。
テクノポリスで連載記事を持っていた頃は、毎月欠かさず読んでいましたね。
I/O(1983年3月号)に掲載されていたエニックスのコンテスト結果の広告です。
今は亡き森田和郎さんも載っています。
翌年のI/O(1984年2月号)の広告です。
MZ-2000版のドアドアは3800円だったんですね。
この頃、エニックスの名前の前についていた「小西六」って何だろうって思ってました。
I/O(1984年8月号)の広告です。
対応機種の中にX1版の記載があります。
PC-6000シリーズ用に「ドアドアmkⅡ」リリースされています。
I/O(1985年7月号)の広告です。
「ドアドアmkⅡ」がMSXでもリリースされて、こちらがメインとなっています。
今日のベストヒットUSAを観て改めて思いましたが、マイケルジャクソンって本当にすごい人だったんだなぁと。
って、今更ですが。
僕的には、マン・イン・ザ・ミラーを聴きたいので、明日の日中はマイケルのアルバムを聴こうと思います。
2021-01-02 01:27
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ウィザードリィ その2 [レトロゲーム]
今日のベストヒットUSAはヴァン・ヘイレンの追悼特集でした。
先日、友人の木根さん(仮名)が新聞に掲載されていたという小林克也氏の追悼記事を見せてくれました。
その記事を読んだ木根さん(仮名)は「ロックが反体制の象徴だったのにヴァン・ヘイレンはロックの幼稚化と商業化を一気に進めたという、とても追悼とは思えない辛口な批評だなぁ」と言っていて、まぁその通りなんですが、僕的には相変わらずの克也節でいい感じだなぁって思いました。
記事の中で、幼稚化と商業化を進めた他のバンドとしてボン・ジョビとジャーニーの名前が挙がっていて、「どっちも僕の大好物だわ」って思いましたね。
そんなわけで、放映されたジャンプのMVはやっぱりいいですね!
聴いていると、いつも思い出すのがうる星やつらのEDテーマにあったエブリデイなんですよ。
曲調が似ているわけでもないんで「なんでかなぁ~」って思うんですが、たぶん、当時の僕がうる星やつらのテレビを観た後でヴァン・ヘイレンを聴きながらウィザードリィをプレイしていたからだと思います。
そんなわけでウィザードリィの話しの続きですが、MSXやX1でウィザードリィをやっていた頃の僕は、本家のウイザードリィっていうのが、どんなものか知りませんでした。
ただ、徳間書店から出ていたテクノポリスのゲーム開発者の紹介ページで、アスキーから発売されていたアクションパズルゲームのザ・キャッスルの製作者がインタビュー記事の中で「壊れたエレクトーンを改造してAppleⅡ用のパソコンデスクを作り、そのAppleⅡでウィザードリィをプレイするのが一番の楽しみだ」と言っていて、記事の横にApple用ウィザードリィのタイトル画面の写真が掲載されていたんです。
その写真を見て、「いいなぁ、いつかはApple版のウィザードリィがやってみたいなぁ」って思っていたんですよね。
で、ある時、APPLE版のウイザードリィについて書かれた本を本屋で見つけたので購入したところ、本家版ウィザードリィが付いていました。
これがその本です。
でも、この本を買った時にはAPPLEⅡのソフトを動かす環境がなかったので、結局は画面を見ることができませんでした。
その後、下のサイトでAPPLEⅡのエミュレータがあることを知り、遂にAPPLEⅡ版のウィザードリィをプレイすることができました。
このサイトからAppleⅡのエミュレータをダウンロードしたら、自分のパソコンでApple用ウィザードリィが動きました。
このウィザードリィのタイトル画面を見たときには感動しましたね。
まさに、夢がかなった瞬間です。
本の裏表紙には「年齢別の楽しみ方」ってのが書いてあるんですが、そこにある中では僕は一番上の項目にあたるのかなぁと。
中を見ると、マニアックなことが書かれています。
特にすごいなぁと感じたのは、製作者の家族写真が載っているところです。なんで?
あと、推奨動作環境が載っているんですが、この本を買った当時のパソコンの標準スペックがどんなものだったかがわかります。
今ならば、アンドロイド・タブレットの方が処理能力が上のような気がします。
これまでに、ゲームボーイやプレステ、携帯電話のアプリでもウイザードリィをやりました。
でまぁ、ウィザードリィをいつでもやりたいと思った僕は、ゲームボーイ版も買いましたよ。
スケルトンなカートリッジが初代iMacのようでカッコイイですね!
Windows用のウィザードリィ・リルガミンサーガです。
昔は、デパートのパソコン売り場に行くと、パソコンゲームを紹介するためのチラシがたくさん置いてありました。
今考えると、いろいろともらってきておけばよかったと思うんですが、当時は気に入ったチラシだけもらってきていました。
これはアスキーのソフトウェアカタログです。
地元の駅前にあった丸井デパートのパソコン売り場でもらってきたやつです。
これはウィザードリィのチラシです。
そうそう、友人の木根さん(仮名)が「勝間和代さんもウィザードリィが一番好きだってラジオで言っていたよ」と教えてくれました。
ある一定年齢以上には、相当数のウィズファンがいるんじゃないかと思います。
来週のベストヒットUSAはブルース・スプリングスティーンのニューアルバムの特集だと予告していましたね。
いやぁ、新しいアルバムを出すなんて全然知りませんでしたよ。
ブルース・スプリングスティーンのアルバムも縁起物ですから。
とりあえず買いますよ。
先日、友人の木根さん(仮名)が新聞に掲載されていたという小林克也氏の追悼記事を見せてくれました。
その記事を読んだ木根さん(仮名)は「ロックが反体制の象徴だったのにヴァン・ヘイレンはロックの幼稚化と商業化を一気に進めたという、とても追悼とは思えない辛口な批評だなぁ」と言っていて、まぁその通りなんですが、僕的には相変わらずの克也節でいい感じだなぁって思いました。
記事の中で、幼稚化と商業化を進めた他のバンドとしてボン・ジョビとジャーニーの名前が挙がっていて、「どっちも僕の大好物だわ」って思いましたね。
そんなわけで、放映されたジャンプのMVはやっぱりいいですね!
聴いていると、いつも思い出すのがうる星やつらのEDテーマにあったエブリデイなんですよ。
曲調が似ているわけでもないんで「なんでかなぁ~」って思うんですが、たぶん、当時の僕がうる星やつらのテレビを観た後でヴァン・ヘイレンを聴きながらウィザードリィをプレイしていたからだと思います。
そんなわけでウィザードリィの話しの続きですが、MSXやX1でウィザードリィをやっていた頃の僕は、本家のウイザードリィっていうのが、どんなものか知りませんでした。
ただ、徳間書店から出ていたテクノポリスのゲーム開発者の紹介ページで、アスキーから発売されていたアクションパズルゲームのザ・キャッスルの製作者がインタビュー記事の中で「壊れたエレクトーンを改造してAppleⅡ用のパソコンデスクを作り、そのAppleⅡでウィザードリィをプレイするのが一番の楽しみだ」と言っていて、記事の横にApple用ウィザードリィのタイトル画面の写真が掲載されていたんです。
その写真を見て、「いいなぁ、いつかはApple版のウィザードリィがやってみたいなぁ」って思っていたんですよね。
で、ある時、APPLE版のウイザードリィについて書かれた本を本屋で見つけたので購入したところ、本家版ウィザードリィが付いていました。
これがその本です。
でも、この本を買った時にはAPPLEⅡのソフトを動かす環境がなかったので、結局は画面を見ることができませんでした。
その後、下のサイトでAPPLEⅡのエミュレータがあることを知り、遂にAPPLEⅡ版のウィザードリィをプレイすることができました。
このサイトからAppleⅡのエミュレータをダウンロードしたら、自分のパソコンでApple用ウィザードリィが動きました。
このウィザードリィのタイトル画面を見たときには感動しましたね。
まさに、夢がかなった瞬間です。
本の裏表紙には「年齢別の楽しみ方」ってのが書いてあるんですが、そこにある中では僕は一番上の項目にあたるのかなぁと。
中を見ると、マニアックなことが書かれています。
特にすごいなぁと感じたのは、製作者の家族写真が載っているところです。なんで?
あと、推奨動作環境が載っているんですが、この本を買った当時のパソコンの標準スペックがどんなものだったかがわかります。
今ならば、アンドロイド・タブレットの方が処理能力が上のような気がします。
これまでに、ゲームボーイやプレステ、携帯電話のアプリでもウイザードリィをやりました。
でまぁ、ウィザードリィをいつでもやりたいと思った僕は、ゲームボーイ版も買いましたよ。
スケルトンなカートリッジが初代iMacのようでカッコイイですね!
Windows用のウィザードリィ・リルガミンサーガです。
昔は、デパートのパソコン売り場に行くと、パソコンゲームを紹介するためのチラシがたくさん置いてありました。
今考えると、いろいろともらってきておけばよかったと思うんですが、当時は気に入ったチラシだけもらってきていました。
これはアスキーのソフトウェアカタログです。
地元の駅前にあった丸井デパートのパソコン売り場でもらってきたやつです。
これはウィザードリィのチラシです。
そうそう、友人の木根さん(仮名)が「勝間和代さんもウィザードリィが一番好きだってラジオで言っていたよ」と教えてくれました。
ある一定年齢以上には、相当数のウィズファンがいるんじゃないかと思います。
来週のベストヒットUSAはブルース・スプリングスティーンのニューアルバムの特集だと予告していましたね。
いやぁ、新しいアルバムを出すなんて全然知りませんでしたよ。
ブルース・スプリングスティーンのアルバムも縁起物ですから。
とりあえず買いますよ。
2020-10-24 01:09
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ウィザードリィ その1 [レトロゲーム]
ベストヒットUSAはジョンレノン特集でした。
彼が生きていれば80歳というのを聞いて、そうなのかぁと。
亡くなってから随分と経ったんだなぁと。
亡くなった僕の父親はビートルズの大ファンだったので、僕も子供の頃からビートルズは聴いていました。
中学、高校時代にビートルズを聴きながらじっくりとプレイしていたゲームはウィザードリィでしたね。
ウィザードリィは、臼杵くん(仮名)の家でX1版を見たのが最初でした。
X1ターボ用5インチディスク版だったと思います。
戦闘の時に敵キャラが表示される以外は、白い線で描かれた迷路と文字がメインということで、ブラックオニキスをその前に見ていた僕にとっては「寂しい感じのゲームだなぁ」というのが最初の印象でした。
ただ、友人の臼木くんが徹夜をするほどハマったゲームだということで、きっと面白いんだろうとは最初から感じていました。
臼杵くんが徹夜をしてまでプレイしたゲームは、これまでの人生において2本しかなく、1つはロードランナーで、もう1つがウィザードリィなんです。かなり目の厳しいプレイヤーでしたから。
でまぁ、しばらくはプレイするのを後ろで見ていたわけですが、MSX2版が手に入り自分のパソコンでプレイしたのがウィズ人生の始まりでした。
プレイしてわかったのは、シンプルな画面構成だからこそ、面白くて奥が深いってことです。
そして、その没入感は半端なかったです。
VRでもなんでもないのに、自分の部屋が迷宮にあるかのような、そんな感じでした。
これがMSX2版ウイザードリィのパッケージです。
ってゆーか、他の機種のパッケージと変わりがないんですよね。
パッケージの裏面。
この画面がいい感じなんです。
MSX2版は3.5インチディスクでした。
これがマニュアルです。
マニュアルの中のイラストは、なんかホノボノとした感じ。
アーマークラス-10は戦車の装甲なみ、って書いてあるけど、戦車の装甲と同レベルってどんな防具なのか見当もつかなかったですね。
ただ、今でも戦車並みに固いって聞くと「アーマークラスが-10なんだなぁ」って思い浮かべます。
なので、ラクビーのワールドカップ日本大会をテレビで観ていた時に、「堅い守りです」ってアナウンサーが言っている間、ずっと「アーマークラス-10の選手がいっぱいいるんだなぁ」って思っていましたよ。
この画面は嫌でしたね。
ディスク版だと、戦闘に失敗したときにディスクのシークが始まった瞬間に抜き出してしまうという戦法(?)が使えました。
どんな戦法かというと、X1版なんかだと5インチディスクだったんですが、読み書きが始まるまで1~2秒あったから、その前にイジェクトレバーを上げてディスクを出してしまえば全滅データを書き込まれずに済みました。
ただ、ドライブやディスクに何の影響もなかったのかはわかりませんが。
フロアのマップが描けるように、このような紙もついていました。
最初の頃は、方眼ノートを使ってマッピングをしていたけど、やっているうちに全フロアのマップが頭に入ってしまうんで、結局はマップを見なくなってしまいました。
スターティングガイドの表紙の絵です。
すごーく、カッコイイ雰囲気です。
今、こーいうコンピュータシステムが売っていれば、即買いなんだけどな。
来週のベストヒットUSAはボン・ジョビ特集のようです。
うわ~、楽しみで仕方がない。
彼が生きていれば80歳というのを聞いて、そうなのかぁと。
亡くなってから随分と経ったんだなぁと。
亡くなった僕の父親はビートルズの大ファンだったので、僕も子供の頃からビートルズは聴いていました。
中学、高校時代にビートルズを聴きながらじっくりとプレイしていたゲームはウィザードリィでしたね。
ウィザードリィは、臼杵くん(仮名)の家でX1版を見たのが最初でした。
X1ターボ用5インチディスク版だったと思います。
戦闘の時に敵キャラが表示される以外は、白い線で描かれた迷路と文字がメインということで、ブラックオニキスをその前に見ていた僕にとっては「寂しい感じのゲームだなぁ」というのが最初の印象でした。
ただ、友人の臼木くんが徹夜をするほどハマったゲームだということで、きっと面白いんだろうとは最初から感じていました。
臼杵くんが徹夜をしてまでプレイしたゲームは、これまでの人生において2本しかなく、1つはロードランナーで、もう1つがウィザードリィなんです。かなり目の厳しいプレイヤーでしたから。
でまぁ、しばらくはプレイするのを後ろで見ていたわけですが、MSX2版が手に入り自分のパソコンでプレイしたのがウィズ人生の始まりでした。
プレイしてわかったのは、シンプルな画面構成だからこそ、面白くて奥が深いってことです。
そして、その没入感は半端なかったです。
VRでもなんでもないのに、自分の部屋が迷宮にあるかのような、そんな感じでした。
これがMSX2版ウイザードリィのパッケージです。
ってゆーか、他の機種のパッケージと変わりがないんですよね。
パッケージの裏面。
この画面がいい感じなんです。
MSX2版は3.5インチディスクでした。
これがマニュアルです。
マニュアルの中のイラストは、なんかホノボノとした感じ。
アーマークラス-10は戦車の装甲なみ、って書いてあるけど、戦車の装甲と同レベルってどんな防具なのか見当もつかなかったですね。
ただ、今でも戦車並みに固いって聞くと「アーマークラスが-10なんだなぁ」って思い浮かべます。
なので、ラクビーのワールドカップ日本大会をテレビで観ていた時に、「堅い守りです」ってアナウンサーが言っている間、ずっと「アーマークラス-10の選手がいっぱいいるんだなぁ」って思っていましたよ。
この画面は嫌でしたね。
ディスク版だと、戦闘に失敗したときにディスクのシークが始まった瞬間に抜き出してしまうという戦法(?)が使えました。
どんな戦法かというと、X1版なんかだと5インチディスクだったんですが、読み書きが始まるまで1~2秒あったから、その前にイジェクトレバーを上げてディスクを出してしまえば全滅データを書き込まれずに済みました。
ただ、ドライブやディスクに何の影響もなかったのかはわかりませんが。
フロアのマップが描けるように、このような紙もついていました。
最初の頃は、方眼ノートを使ってマッピングをしていたけど、やっているうちに全フロアのマップが頭に入ってしまうんで、結局はマップを見なくなってしまいました。
スターティングガイドの表紙の絵です。
すごーく、カッコイイ雰囲気です。
今、こーいうコンピュータシステムが売っていれば、即買いなんだけどな。
来週のベストヒットUSAはボン・ジョビ特集のようです。
うわ~、楽しみで仕方がない。
2020-10-10 00:22
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アルファ その1 [レトロゲーム]
今年の夏は、ちょっと遅めの夏休みをもらい、実家の修理や片付けをしていました。
まぁ、いわゆる断捨離ですかね。
おもに雑誌を処分していました。
当然ながら80年代の雑誌は処分しないので、2000年以降に買った雑誌が処分対象です。
で、片付けながら気付いたんだけど、2000年以降に買った雑誌って、一回見た後まったく読んでいなかったってことです。
80年代の雑誌は、何回も読んでいるのに。
ここ5~6年くらいは毎月1冊くらいしか雑誌を買っていなかったはずなのに、わりとたまっていてビックリです。
こんなことなら、買わなければ良かったなぁとか思いながら荷造り紐で縛っていました。
もういい歳なので、これ以上荷物を増やしてもって考えると、あまり雑誌を買わないようにしようって思いましたね。
今日のベストヒットUSAは最初からスター・オブ・ザ・ウイークでしたね。
ザ・フーの特集が良かったです。
あと、やっぱり小林克也さんのネタは面白いです。
それにしても、クリスチャン・チャートってものがあるのを初めて知りましたよ。
カントリー・チャートを初めて知った時はそれほど驚かなかったけど、これには驚きました。
ところで、金曜日の夜は、22時に森口博子ちゃんのAnison Days、0時にベストヒットUSAと好きな番組が移ってきたので、まさに花の金曜日となっています。
もう金曜日の朝から気持ちがソワソワしてしまいます。
職場では「早く家に帰ってお風呂に入ってウイスキーを用意して観る準備をしなければっ!」って、そんなことばかり考えてしまいます。
Anison Daysも、今日のゲストは笠原弘子さんで、コンディショングリーンや空へを歌ってくれました。
カチュアの頃からファンなので、久しぶりに声が聴けて懐かしかったです。
博子ちゃんも天使の絵の具を歌ってくれたので、更に満足ですよ。
曲自体は毎朝車の中で聴いているんだけど、こうして現在の笠原さんや博子ちゃんが歌っているのをテレビで観ると更にいいですね。
そんないい歳をした僕も今月が誕生日なので、自分への誕生日プレゼントを買いました。
欲しくてたまらなかった幻夢戦記レダです。
ブルーレイで再販されると知った時から楽しみにしていました。
DVDでは長らくプレミア価格でしたから。
当時は、友達が買ったVHSテープを借りて観ていました。
こういった世界観やキャラは80年代に流行っていましたね。
あと、主人公のファッションもすごいですね。
ビキニのような鎧で戦うっていうのは。
でも、これが当時の最先端だったわけだし、当時の僕はカッコイイと思っていましたから。
箱のイラストは今のムッチー先生のイラストです。
今の絵もいいけど、当時のこの絵の方がしっくりきますな。
そんなレダっぽいキャラが主人公のゲームで、スクエアのアルファというのがありました。
これが、パッケージです。
レダはファンタジー調の異世界が舞台ですが、アルファはちょっと宇宙船の中が舞台で、ちょっとメガゾーンっぽい感じですかね。
当時は、雑誌の広告に惹かれていました。
ゲーム内容よりも、主人公のクリスのイラストがよかったんです。
マニュアルです。
マニュアルに描かれているクリスも可愛いですね。
でもって、ソノシートも付いていました。
お洒落な感じです。
テクノポリス(1986年6月号)に紹介記事が載っています。
キャラよりもアニメーションシーンのほうが話題となっています。
記事の中で書かれているWILLもいいゲームでしたね。
アルファとかWILLとか、もう一度遊びたいなぁとか考えていた頃、たまたまWindows用で復刻することを知って買ったのがこれです。
ブラスティーやジェネシスまで復刻するという凄さ!
これで思う存分アルファが遊べます。
この復刻のすごいのは、マニュアルも当時と同じで復刻しているところです。
これが復刻版のマニュアル。
全く同じです。
いやはや、もの凄いこだわりです。
そうそう、実家を片付けていたら、昔描いた画像の入ったCD-ROMを見つけました。
たぶん、描いたのは20数年前です。
まだ、東京にいた頃かなぁ...
女の子の手に乗っているのは、当時作っていた自作ゲームのキャラです。
Visual BASICで作っていたんだけど、プログラムはどこにいったかわからなくなってしまいました。
片付けていれば、いずれ出てくると思います。
まぁ、いわゆる断捨離ですかね。
おもに雑誌を処分していました。
当然ながら80年代の雑誌は処分しないので、2000年以降に買った雑誌が処分対象です。
で、片付けながら気付いたんだけど、2000年以降に買った雑誌って、一回見た後まったく読んでいなかったってことです。
80年代の雑誌は、何回も読んでいるのに。
ここ5~6年くらいは毎月1冊くらいしか雑誌を買っていなかったはずなのに、わりとたまっていてビックリです。
こんなことなら、買わなければ良かったなぁとか思いながら荷造り紐で縛っていました。
もういい歳なので、これ以上荷物を増やしてもって考えると、あまり雑誌を買わないようにしようって思いましたね。
今日のベストヒットUSAは最初からスター・オブ・ザ・ウイークでしたね。
ザ・フーの特集が良かったです。
あと、やっぱり小林克也さんのネタは面白いです。
それにしても、クリスチャン・チャートってものがあるのを初めて知りましたよ。
カントリー・チャートを初めて知った時はそれほど驚かなかったけど、これには驚きました。
ところで、金曜日の夜は、22時に森口博子ちゃんのAnison Days、0時にベストヒットUSAと好きな番組が移ってきたので、まさに花の金曜日となっています。
もう金曜日の朝から気持ちがソワソワしてしまいます。
職場では「早く家に帰ってお風呂に入ってウイスキーを用意して観る準備をしなければっ!」って、そんなことばかり考えてしまいます。
Anison Daysも、今日のゲストは笠原弘子さんで、コンディショングリーンや空へを歌ってくれました。
カチュアの頃からファンなので、久しぶりに声が聴けて懐かしかったです。
博子ちゃんも天使の絵の具を歌ってくれたので、更に満足ですよ。
曲自体は毎朝車の中で聴いているんだけど、こうして現在の笠原さんや博子ちゃんが歌っているのをテレビで観ると更にいいですね。
そんないい歳をした僕も今月が誕生日なので、自分への誕生日プレゼントを買いました。
欲しくてたまらなかった幻夢戦記レダです。
ブルーレイで再販されると知った時から楽しみにしていました。
DVDでは長らくプレミア価格でしたから。
当時は、友達が買ったVHSテープを借りて観ていました。
こういった世界観やキャラは80年代に流行っていましたね。
あと、主人公のファッションもすごいですね。
ビキニのような鎧で戦うっていうのは。
でも、これが当時の最先端だったわけだし、当時の僕はカッコイイと思っていましたから。
箱のイラストは今のムッチー先生のイラストです。
今の絵もいいけど、当時のこの絵の方がしっくりきますな。
そんなレダっぽいキャラが主人公のゲームで、スクエアのアルファというのがありました。
これが、パッケージです。
レダはファンタジー調の異世界が舞台ですが、アルファはちょっと宇宙船の中が舞台で、ちょっとメガゾーンっぽい感じですかね。
当時は、雑誌の広告に惹かれていました。
ゲーム内容よりも、主人公のクリスのイラストがよかったんです。
マニュアルです。
マニュアルに描かれているクリスも可愛いですね。
でもって、ソノシートも付いていました。
お洒落な感じです。
テクノポリス(1986年6月号)に紹介記事が載っています。
キャラよりもアニメーションシーンのほうが話題となっています。
記事の中で書かれているWILLもいいゲームでしたね。
アルファとかWILLとか、もう一度遊びたいなぁとか考えていた頃、たまたまWindows用で復刻することを知って買ったのがこれです。
ブラスティーやジェネシスまで復刻するという凄さ!
これで思う存分アルファが遊べます。
この復刻のすごいのは、マニュアルも当時と同じで復刻しているところです。
これが復刻版のマニュアル。
全く同じです。
いやはや、もの凄いこだわりです。
そうそう、実家を片付けていたら、昔描いた画像の入ったCD-ROMを見つけました。
たぶん、描いたのは20数年前です。
まだ、東京にいた頃かなぁ...
女の子の手に乗っているのは、当時作っていた自作ゲームのキャラです。
Visual BASICで作っていたんだけど、プログラムはどこにいったかわからなくなってしまいました。
片付けていれば、いずれ出てくると思います。
2019-09-28 01:02
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名探偵ホームズ その1 [レトロゲーム]
テレビで天空の城ラピュタがやっていたので観てしまいました。
映画館で観たのは中学の頃だったと思います。
上映前からアニメージュで特集をやっていたので、公開したら絶対に観ようって思っていましたからね。
公開時には、味の素がラピュタジュースってのを発売して、クイズキャンペーンをやっていました。
飲んでみたくて近所のスーパーや酒屋を探して回ったんだけど、結局、どこにも売っていませんでした。
僕の住んでいた田舎では、取り扱う店が無かったのかもしれません。
ただ、その頃、ラピュタのテーマソングを歌っていた小幡洋子さんが地元の駅のイベントスペースに来てミニコンサートをするっていうのを知って、友達の臼杵くん(仮名)と一緒に観に行ったんですよ。
で、シングルレコードを買うと、小幡さんのサイン色紙と一緒に記念撮影ができるっていうんで、レコードを買って色紙をもらって記念撮影をしました。
サイン色紙と写真は、高校を卒業するまで自分の部屋に飾っておいたんだけど、進学と同時にどこかにしまって、どこにしまったのか忘れてしまい、それっきりです。
そうそう、今回のラピュタではエンドロールまで放送していましたね。
って結局、最後まで観てしまったんだけど。
DVDで持っているからいつでも観れるんだけど、金曜ロードショーで観るっていうのが僕的にはいいんですよ。
それにしても、やっぱり、横沢啓子さんの声はヒロインに向いていますね、素敵です。
シータと魔美は横澤さんの声じゃないと駄目ですね。
そして、その後でベストヒットUSAを観ました。
今週はエルトン・ジョンの特集でした。
32歳のエルトン・ジョンが歌うユア・ソングのPV、良かったです。
ピアノの弾き語りってカッコイイなって思ったのは、エルトン・ジョン、ビリー・ジョエル、スティービー・ワ
ンダーを観てからです。
1987年のライブでキャンドル・イン・ザ・ウインドを歌っている映像も出ました。
この頃のエルトン・ジョンは、当時放映していたベストヒットUSAで観ていたような気がします。
あっ、でも、もしかするとビルボード・トップ・40のほうだったかもしれない...
今日は、3本のビデオを放映してもらえたので大満足でしたし、小林克也さんの小ネタ&話しも、なるほどって思うものでした。
そういえば、今週のトップ20を観ていたらケイティ・ペリーが入っていました。
この人も長くやっていますね。
ジョナス・ブラザーズも結構長くトップ10に入ってます。
そして、最後のブランコ・ブラウンが頭に残って離れません。
金曜ロードショーのラピュタの話しに戻りますが、宮崎駿さんの作品では、ラピュタの他には、コナン、カリオストロの城、ナウシカ、が好きですが、一番気に入っているのは、実は名探偵ホームズです。
僕の中では、広川太一郎さんの声がホームズにぴったりとハマっていたのと、ハドソン婦人が綺麗な若い女性で、声が麻上洋子さんだった点が高評価の一因です。
あと、キャラの動きが楽しかったんですよ。
コナンやパズーの動き、さらば愛しきルパンで見せたルパンが変装した銭形警部の動きのような、面白くて気持のいい動きをする作品だったなぁと思います。
そんな名探偵ホームズのゲームが、まさか徳間書店から出るとは、当時は思いもしませんでした。
なにしろ、ナウシカのゲームが、正直言ってちょっとアレでしたから...
ソフトが発売される前から、徳間書店から出ていたパソコン雑誌「テクノポリス」の広告ページには発売告知がされていました。
これはテクノポリス(1985年4月号)の広告です。
同年のテクノポリス10月号には、このように広告が出ていました。
オープニングのイラストがいいですね。
これがパッケージです。
パッケージには「モロアッチ教授」って書いてあるけど、「モリアーティ教授じゃないの?」って当時は思いました。
特に調べることもしなかったので、まぁ、そういうことなんだろうということで僕の中では落ち着いています。
パッケージの裏です。
僕が持っているのは、5インチディスク版です。
エンベロープにパコがいますね。
マニュアルです。
手下の名前はトッドとスマイリーなんで、アニメ版と同じです。
今年の夏は、実家の自分の部屋の片付けをしました。
いろんなものを溜め込んでいるんで、もう、いらないなぁと思うものを捨てることにしました。
で、残すものと捨てるものを選別していたら、90年代中盤以降に手に入れたものは、ほとんどいらないってことに気付きました。
70年代、80年代から90年代初期に手に入れたものは、今でも見たり読んだり聴いたりするんで、やっぱり捨てられないなぁと改めて思いましたね。
まだ片付けは終わっていないけど、方向性としては80年代を中心に残していこうかなと考えています。
映画館で観たのは中学の頃だったと思います。
上映前からアニメージュで特集をやっていたので、公開したら絶対に観ようって思っていましたからね。
公開時には、味の素がラピュタジュースってのを発売して、クイズキャンペーンをやっていました。
飲んでみたくて近所のスーパーや酒屋を探して回ったんだけど、結局、どこにも売っていませんでした。
僕の住んでいた田舎では、取り扱う店が無かったのかもしれません。
ただ、その頃、ラピュタのテーマソングを歌っていた小幡洋子さんが地元の駅のイベントスペースに来てミニコンサートをするっていうのを知って、友達の臼杵くん(仮名)と一緒に観に行ったんですよ。
で、シングルレコードを買うと、小幡さんのサイン色紙と一緒に記念撮影ができるっていうんで、レコードを買って色紙をもらって記念撮影をしました。
サイン色紙と写真は、高校を卒業するまで自分の部屋に飾っておいたんだけど、進学と同時にどこかにしまって、どこにしまったのか忘れてしまい、それっきりです。
そうそう、今回のラピュタではエンドロールまで放送していましたね。
って結局、最後まで観てしまったんだけど。
DVDで持っているからいつでも観れるんだけど、金曜ロードショーで観るっていうのが僕的にはいいんですよ。
それにしても、やっぱり、横沢啓子さんの声はヒロインに向いていますね、素敵です。
シータと魔美は横澤さんの声じゃないと駄目ですね。
そして、その後でベストヒットUSAを観ました。
今週はエルトン・ジョンの特集でした。
32歳のエルトン・ジョンが歌うユア・ソングのPV、良かったです。
ピアノの弾き語りってカッコイイなって思ったのは、エルトン・ジョン、ビリー・ジョエル、スティービー・ワ
ンダーを観てからです。
1987年のライブでキャンドル・イン・ザ・ウインドを歌っている映像も出ました。
この頃のエルトン・ジョンは、当時放映していたベストヒットUSAで観ていたような気がします。
あっ、でも、もしかするとビルボード・トップ・40のほうだったかもしれない...
今日は、3本のビデオを放映してもらえたので大満足でしたし、小林克也さんの小ネタ&話しも、なるほどって思うものでした。
そういえば、今週のトップ20を観ていたらケイティ・ペリーが入っていました。
この人も長くやっていますね。
ジョナス・ブラザーズも結構長くトップ10に入ってます。
そして、最後のブランコ・ブラウンが頭に残って離れません。
金曜ロードショーのラピュタの話しに戻りますが、宮崎駿さんの作品では、ラピュタの他には、コナン、カリオストロの城、ナウシカ、が好きですが、一番気に入っているのは、実は名探偵ホームズです。
僕の中では、広川太一郎さんの声がホームズにぴったりとハマっていたのと、ハドソン婦人が綺麗な若い女性で、声が麻上洋子さんだった点が高評価の一因です。
あと、キャラの動きが楽しかったんですよ。
コナンやパズーの動き、さらば愛しきルパンで見せたルパンが変装した銭形警部の動きのような、面白くて気持のいい動きをする作品だったなぁと思います。
そんな名探偵ホームズのゲームが、まさか徳間書店から出るとは、当時は思いもしませんでした。
なにしろ、ナウシカのゲームが、正直言ってちょっとアレでしたから...
ソフトが発売される前から、徳間書店から出ていたパソコン雑誌「テクノポリス」の広告ページには発売告知がされていました。
これはテクノポリス(1985年4月号)の広告です。
同年のテクノポリス10月号には、このように広告が出ていました。
オープニングのイラストがいいですね。
これがパッケージです。
パッケージには「モロアッチ教授」って書いてあるけど、「モリアーティ教授じゃないの?」って当時は思いました。
特に調べることもしなかったので、まぁ、そういうことなんだろうということで僕の中では落ち着いています。
パッケージの裏です。
僕が持っているのは、5インチディスク版です。
エンベロープにパコがいますね。
マニュアルです。
手下の名前はトッドとスマイリーなんで、アニメ版と同じです。
今年の夏は、実家の自分の部屋の片付けをしました。
いろんなものを溜め込んでいるんで、もう、いらないなぁと思うものを捨てることにしました。
で、残すものと捨てるものを選別していたら、90年代中盤以降に手に入れたものは、ほとんどいらないってことに気付きました。
70年代、80年代から90年代初期に手に入れたものは、今でも見たり読んだり聴いたりするんで、やっぱり捨てられないなぁと改めて思いましたね。
まだ片付けは終わっていないけど、方向性としては80年代を中心に残していこうかなと考えています。
2019-08-31 00:54
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フロントライン その1 [レトロゲーム]
モンキー・パンチ先生が亡くなったということで、日テレがルパン三世マモー編を放送してくれました。
いやぁ、久しぶりに観たけど、やっぱり面白いですね。
あと、マモー編の不二子ちゃんは、とにかくキュートです。
最近、マモー編の4Kブルーレイが発売されたので、買おうかなと考えていたところでした。
これで、買う決心がつきました。
あと、CDも。
エンディングに流れた三波春夫先生のルパン音頭を聴いて、無意識のうちに歌っている自分に気付いたんですよ。
マモー編を観たのは、小学生の頃ですかね。
6年生くらいだったと思います。
しかも、映画館じゃなくてテレビででした。
当時、テレビで放送したのをラジカセに録音して何度も聴いていたので、今でも歌とかセリフとかを覚えているんですね。
自分でもびっくりですよ。
なので、かなり久しぶりに聴いたルパン音頭も歌えました。
で、ルパン三世を見た後、ベストヒットUSAを観ました。
今日はプリンスの曲でしたね。
プリンスもルパンは、あのもみあげがカッコイイです。
そんなルパン三世のアニメを観たり、プリンスの音楽を聴いていた頃に、僕が行きつけのゲーセンでプレイしていたゲームがフロントラインです。
フロントラインは、あのループレバーが好きで、スーパーの2階にあったゲームセンターでガチャガチャと回して遊んでいました。
何といっても戦車に乗ったときが楽しく、ループレバーを使って操作すると、砲塔は左を向いているのに車体は前に進むというのが本物っぽくて、本当に戦車を運転しているようでした。
そんなフロントラインがX1でできると知り、友人の臼木くん(仮名)が、ちゃっくんぽっぷと一緒にフロントラインも購入したため、僕は連日のように遊ばせてもらいました。
ただ、X1ではキーボードでプレイするしかなかったため、いまいちゲームに没頭することができず、あまり楽しめなかった記憶がありますけどね。
ループレバーを使った操作は、怒りとかゲバラとかに受け継がれていくんですが、僕としてはやっぱりフロントラインが一番印象に残っているわけです。
これはI/O(1984年2月号)の広告です。
フロントライン、ちゃっくんぽっぷ、スペースクルーザー、ワイルドウェスタンと、どれも楽しそうな画面です。
これは、I/O(1984年8月号)の広告です。
ちゃっくんぽっぷやワイルドウエスタンがフロントラインよりも人気があったから、広告のイラストも大きく出ていたんでしょうか?
他の月のI/Oであれば、大きな絵の広告のフロントラインがあるんでしょうか?
スペースクルーザーは、今では内容をほとんど覚えていないけど、エンディングがゲーセンと違くてがっかりした記憶だけは残っています。
でまぁ、それ以降フロントラインを遊ぶことはなかったんだけど、Windows95全盛の時代にタイトーの懐かしいゲームをパックにしたのが発売されました。
しかも、ジョイパッドも付いていて、至れり尽くせりです。
僕は、フロントラインとバルーンボンバーができるということで買いました。
パッケージの表です。
これがパッケージの裏です。
永久保存版ってあるようにゲーム自体の面白さは今でも色あせないし、Windows95も仮想化ソフトを使ってインストールを行えばいいわけで、確かにゲーム自体は永久保存版なんだけど、付属のジョイパッドのコネクタが、サウンドブラスターとかに付いていたゲームポート用だったので、今では全く使い物になりません。
ところで、今日のベストヒットUSAの最後に、ウィーザーのテイク・オン・ミーが流れたんですが、これが思いのほか良くて、思わぬ拾い物をした感じです。
いやぁ、ホント、これはすごくイイです。
ミュージックビデオも、ちゃんと手書きデッサンのアニメーションがあって、まさにテイク・オン・ミーでした。
来週は、平成最後のベストヒットUSAだということなので、必ずリアルタイムで観ますよ。
いやぁ、久しぶりに観たけど、やっぱり面白いですね。
あと、マモー編の不二子ちゃんは、とにかくキュートです。
最近、マモー編の4Kブルーレイが発売されたので、買おうかなと考えていたところでした。
これで、買う決心がつきました。
あと、CDも。
エンディングに流れた三波春夫先生のルパン音頭を聴いて、無意識のうちに歌っている自分に気付いたんですよ。
マモー編を観たのは、小学生の頃ですかね。
6年生くらいだったと思います。
しかも、映画館じゃなくてテレビででした。
当時、テレビで放送したのをラジカセに録音して何度も聴いていたので、今でも歌とかセリフとかを覚えているんですね。
自分でもびっくりですよ。
なので、かなり久しぶりに聴いたルパン音頭も歌えました。
で、ルパン三世を見た後、ベストヒットUSAを観ました。
今日はプリンスの曲でしたね。
プリンスもルパンは、あのもみあげがカッコイイです。
そんなルパン三世のアニメを観たり、プリンスの音楽を聴いていた頃に、僕が行きつけのゲーセンでプレイしていたゲームがフロントラインです。
フロントラインは、あのループレバーが好きで、スーパーの2階にあったゲームセンターでガチャガチャと回して遊んでいました。
何といっても戦車に乗ったときが楽しく、ループレバーを使って操作すると、砲塔は左を向いているのに車体は前に進むというのが本物っぽくて、本当に戦車を運転しているようでした。
そんなフロントラインがX1でできると知り、友人の臼木くん(仮名)が、ちゃっくんぽっぷと一緒にフロントラインも購入したため、僕は連日のように遊ばせてもらいました。
ただ、X1ではキーボードでプレイするしかなかったため、いまいちゲームに没頭することができず、あまり楽しめなかった記憶がありますけどね。
ループレバーを使った操作は、怒りとかゲバラとかに受け継がれていくんですが、僕としてはやっぱりフロントラインが一番印象に残っているわけです。
これはI/O(1984年2月号)の広告です。
フロントライン、ちゃっくんぽっぷ、スペースクルーザー、ワイルドウェスタンと、どれも楽しそうな画面です。
これは、I/O(1984年8月号)の広告です。
ちゃっくんぽっぷやワイルドウエスタンがフロントラインよりも人気があったから、広告のイラストも大きく出ていたんでしょうか?
他の月のI/Oであれば、大きな絵の広告のフロントラインがあるんでしょうか?
スペースクルーザーは、今では内容をほとんど覚えていないけど、エンディングがゲーセンと違くてがっかりした記憶だけは残っています。
でまぁ、それ以降フロントラインを遊ぶことはなかったんだけど、Windows95全盛の時代にタイトーの懐かしいゲームをパックにしたのが発売されました。
しかも、ジョイパッドも付いていて、至れり尽くせりです。
僕は、フロントラインとバルーンボンバーができるということで買いました。
パッケージの表です。
これがパッケージの裏です。
永久保存版ってあるようにゲーム自体の面白さは今でも色あせないし、Windows95も仮想化ソフトを使ってインストールを行えばいいわけで、確かにゲーム自体は永久保存版なんだけど、付属のジョイパッドのコネクタが、サウンドブラスターとかに付いていたゲームポート用だったので、今では全く使い物になりません。
ところで、今日のベストヒットUSAの最後に、ウィーザーのテイク・オン・ミーが流れたんですが、これが思いのほか良くて、思わぬ拾い物をした感じです。
いやぁ、ホント、これはすごくイイです。
ミュージックビデオも、ちゃんと手書きデッサンのアニメーションがあって、まさにテイク・オン・ミーでした。
来週は、平成最後のベストヒットUSAだということなので、必ずリアルタイムで観ますよ。
2019-04-20 00:46
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ブレインブレイカー その1 [レトロゲーム]
今日のベストヒットUSAで出ていた、オースティン・マホーンの曲を聴いたら、ボビー・ブラウンを思い出しました。
最近は曲を聴くと「あぁ、80年代のあの曲に似ているなぁ」って感じで、脳内変換されてしまいます。
歳を取るっていうのは、こういうことなんですかね。
ブリトニースピアーズも流れて、「あ~、そういえば、こんな人もいたなぁ...」って感じでした。
1位がアリアナ・グランデでした。
見ていて思ったんだけど、何となく春麗に似ていますね。
って、やっぱり80年代の何かに脳内変換してしまう。困ったもんです。
番組の最後にデュア・リパの歌を聴いて感じたんですが、今日聴いた曲の中では、この曲が最も個性的でカッコイイですね。
来週の予告で、プリンスの幻の映像ってあったので、来週は必ず観なければなりませんな!
やっぱりね、プリンスはカッコイイですよ。
中学の頃、スタイルも音もカッコイイって思ったバンドのうちの1つがデュラン・デュランでした。
なんか、スタイリッシュな大人って感じで、熱くもなく冷たくもなくって雰囲気の曲が、すごくスマートだなって思いましたね。
で、そのデュラン・デュランのユニオン・オブ・ザ・スネークをBGMにしたっていうのが、わりと有名だったブレインブレイカーってゲームを当時やりました。
当時は僕的には アイ・ドント・ウォント・ユア・ラヴもBGMとしていいかなって思ったりもしましたけど、まぁ、それは置いておきます。
BGMがなにかと話題になることが多かったんですが、ゲーム内容も良くて面白かったです。
このゲームの世界観って、すごく僕好みなんですよ。
荒廃した世界の中で、主人公が彷徨うっていうストーリーは、昔はよくあるストーリーだったんだけど、最近ではほとんど聞かない設定ですね。
今は、見知らぬ世界っていうのが、あまり好まれないのかもしれません。
オーガスとかモスピーダとか、あんなアニメは、とんと見なくなりました。
I/O(1986年3月号)の広告がこれです。
画面写真とパワードスーツみたいなイラストだけなんで、なんとも雰囲気がつかみ辛いです。
パッケージの表がこれ。
で、裏面がこれです。
このゲームを作ったのは限りなき戦いを作った方だと知って、なるほど、僕好みなはずだと思いました。
限りなき戦いは、友人の臼杵くん(仮名)の家でX1版を遊ばせてもらったのが初めてだったんだけど、画面の雰囲気とか動きとか、SF好きにはたまらないゲームでしたね。
X1版はI/O(1984年8月号)にプログラムリストが載っていました。
こんな感じ。
女の子が主人公のSFってところが、当時、ダーティペアや超時空機団サザンクロスを楽しみに観ていた僕としては、がっちりとハートを鷲掴みにされました。
髪型のポニーテールが片側に出ているっていう点においてもカワイイです。
マッドマンやウルハのデザインなんかが、80年代のSFだというのを感じます。
で、僕が持っているブレインブレイカーはテープ版です。
マニュアルにはゲームの背景となるストーリーが書かれています。
反物質とか特異点とか、この頃のSFのキーワードでした。
漢字で書いてカッコよく見える単語だと思うんですよ。
で、この単語はいったい何なんだろうって思って調べていくと、数学とか物理とかの話が出てきて、それで理系に興味がわいてきたって人も、当時は結構いたんじゃいかなと思うんですよ。
サイコキネシスって久しぶりに聞いた単語ですね。
いわゆる念力ってやつでしょうか。
僕的には、幻魔大戦のCMで出ていたサイオニクスって表現がカッコイイと感じます。
当時、「サイオニクスの戦士達」ってCMで言っていたのを聞いて、僕もいつかは超能力が覚醒してサイオニクス戦士になって絶対零度とか叫ぶようになるんじゃないかとドキドキしていたんですが、ドキドキしながらアラフィフとなってしまいました。
まぁ、凡人ですから。
宇宙船の名前がツェッペリン号ってのは、SF好きはロック好きっていう、お約束からでしょうか。
確かに、僕もSF小説を読み始めてからハードロック系というかメタル系というか、MR.BIGやイングウェイ、ハロウィーンなんかを聴くようになりましたから。
テクノポリス(1986年3月号)に、ブレインブレイカーの記事が載っています。
この当時から小説のプロットなんかを書いていました。
観たり読んだりするのは、主人公が女の子の作品でも好きだったけど、自分でプロットを書くとなると、主人公は必ず男でした。
まぁ、このへんの想像力の無さに気づいたので、作家の道はあきらめたんですけどね。
それでも、友達と会って飲むと、「こんな小説を書きたいと思っているんだ」って話してしまうんですよね。
「だったら、さっさと書けよ」って感じですけど、そこがうまくできないのが凡人たる所以ですかね。
最近は曲を聴くと「あぁ、80年代のあの曲に似ているなぁ」って感じで、脳内変換されてしまいます。
歳を取るっていうのは、こういうことなんですかね。
ブリトニースピアーズも流れて、「あ~、そういえば、こんな人もいたなぁ...」って感じでした。
1位がアリアナ・グランデでした。
見ていて思ったんだけど、何となく春麗に似ていますね。
って、やっぱり80年代の何かに脳内変換してしまう。困ったもんです。
番組の最後にデュア・リパの歌を聴いて感じたんですが、今日聴いた曲の中では、この曲が最も個性的でカッコイイですね。
来週の予告で、プリンスの幻の映像ってあったので、来週は必ず観なければなりませんな!
やっぱりね、プリンスはカッコイイですよ。
中学の頃、スタイルも音もカッコイイって思ったバンドのうちの1つがデュラン・デュランでした。
なんか、スタイリッシュな大人って感じで、熱くもなく冷たくもなくって雰囲気の曲が、すごくスマートだなって思いましたね。
で、そのデュラン・デュランのユニオン・オブ・ザ・スネークをBGMにしたっていうのが、わりと有名だったブレインブレイカーってゲームを当時やりました。
当時は僕的には アイ・ドント・ウォント・ユア・ラヴもBGMとしていいかなって思ったりもしましたけど、まぁ、それは置いておきます。
BGMがなにかと話題になることが多かったんですが、ゲーム内容も良くて面白かったです。
このゲームの世界観って、すごく僕好みなんですよ。
荒廃した世界の中で、主人公が彷徨うっていうストーリーは、昔はよくあるストーリーだったんだけど、最近ではほとんど聞かない設定ですね。
今は、見知らぬ世界っていうのが、あまり好まれないのかもしれません。
オーガスとかモスピーダとか、あんなアニメは、とんと見なくなりました。
I/O(1986年3月号)の広告がこれです。
画面写真とパワードスーツみたいなイラストだけなんで、なんとも雰囲気がつかみ辛いです。
パッケージの表がこれ。
で、裏面がこれです。
このゲームを作ったのは限りなき戦いを作った方だと知って、なるほど、僕好みなはずだと思いました。
限りなき戦いは、友人の臼杵くん(仮名)の家でX1版を遊ばせてもらったのが初めてだったんだけど、画面の雰囲気とか動きとか、SF好きにはたまらないゲームでしたね。
X1版はI/O(1984年8月号)にプログラムリストが載っていました。
こんな感じ。
女の子が主人公のSFってところが、当時、ダーティペアや超時空機団サザンクロスを楽しみに観ていた僕としては、がっちりとハートを鷲掴みにされました。
髪型のポニーテールが片側に出ているっていう点においてもカワイイです。
マッドマンやウルハのデザインなんかが、80年代のSFだというのを感じます。
で、僕が持っているブレインブレイカーはテープ版です。
マニュアルにはゲームの背景となるストーリーが書かれています。
反物質とか特異点とか、この頃のSFのキーワードでした。
漢字で書いてカッコよく見える単語だと思うんですよ。
で、この単語はいったい何なんだろうって思って調べていくと、数学とか物理とかの話が出てきて、それで理系に興味がわいてきたって人も、当時は結構いたんじゃいかなと思うんですよ。
サイコキネシスって久しぶりに聞いた単語ですね。
いわゆる念力ってやつでしょうか。
僕的には、幻魔大戦のCMで出ていたサイオニクスって表現がカッコイイと感じます。
当時、「サイオニクスの戦士達」ってCMで言っていたのを聞いて、僕もいつかは超能力が覚醒してサイオニクス戦士になって絶対零度とか叫ぶようになるんじゃないかとドキドキしていたんですが、ドキドキしながらアラフィフとなってしまいました。
まぁ、凡人ですから。
宇宙船の名前がツェッペリン号ってのは、SF好きはロック好きっていう、お約束からでしょうか。
確かに、僕もSF小説を読み始めてからハードロック系というかメタル系というか、MR.BIGやイングウェイ、ハロウィーンなんかを聴くようになりましたから。
テクノポリス(1986年3月号)に、ブレインブレイカーの記事が載っています。
この当時から小説のプロットなんかを書いていました。
観たり読んだりするのは、主人公が女の子の作品でも好きだったけど、自分でプロットを書くとなると、主人公は必ず男でした。
まぁ、このへんの想像力の無さに気づいたので、作家の道はあきらめたんですけどね。
それでも、友達と会って飲むと、「こんな小説を書きたいと思っているんだ」って話してしまうんですよね。
「だったら、さっさと書けよ」って感じですけど、そこがうまくできないのが凡人たる所以ですかね。
2019-04-13 00:45
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ロボクラッシュ その1 [レトロゲーム]
久しぶりの更新です。
年が明けてから年度末にかけて忙しかったというのもあり、なかなかブログの更新ができずにそのまま新年度へと突入してしまいました。
そんな中、うれしい情報が入ってきたのでブログを書きたくなりました。
この春から、ベストヒットUSAが毎週金曜日の深夜となりました。
今までは、水曜日の深夜という週のど真ん中で、リアルタイムで観ると次の日がしんどいというのがありました。
でも、金曜日の深夜であれば次の日は基本的には休みなので(土曜出勤もあったりするけど)、夜更かししても平気なのは嬉しいです。
昔は週末に放送していたのに、いつの間にか週の中に放送するようになってしまい、また週末に戻らないかなぁと思っていました。
そして、今日のベストヒットUSAは、モータウン・レコーズ設立60周年ということで、マーヴィン・ゲイやスティーヴィー・ワンダー、マイケル・ジャクソンの曲が流れました。
小林克也さんが話してくれたモータウンの歴史には、なるほどなぁと改めて知ったことが多数あり、特に、ムーン・ウォーク誕生の話しには驚きました。
常に、新しいことに気付かせてくれる唯一の番組です。
ザ・テンプテーションズの曲も流れましたね。
父親が好きでよく聴いていた曲です。
僕はテンプテーションって聞くと、このモータウンのグループと、ガウ・ハ・レッシイの乗艦していた戦艦を思い出します。どちらも有名ですからね。
マーヴィン・ゲイのワッツ・ゴーイング・オンやスティーヴィー・ワンダーの曲を聴いていて思い出したのが、MSX用で出ていたロボクラッシュというゲームです。
コンプティークという雑誌がきっかけとなって発売されたゲームで、僕的にはブラックミュージックを聴きながらプレイするのがぴったりくるゲームでした。
あと、コンプティークは、ロードス島とかトップとか僕の大好物を提供してもらったので、わりと読んでいた雑誌でした。
パッケージの表です。
このイラストのロボットがそのまま画面に表示されるわけではないけど、脳内変換されて、こんなロボットが動いているように見えましたね。
パッケージの裏です。
クオータービューというのがステキです。
僕的には、クオータービュー画面というだけで面白さが2割増しでした。
ソフト自体はフロッピーディスク版でした。
マニュアルです。
マニュアルの中には設定資料があります。
飛行形態とヒト型形態の他にタンク型形態というのがあるのがイイですね。
時代を反映しています。
この頃のロボットの描き方で、影の部分の他に窪んだ部分を黒く塗り潰すというのがあって、そういう描き方が僕は好きでした。
ゲーム内容は、ロボット同士が戦う、ボトムズに出てきたバトリングのような感じです。
バトリング系は好きですねぇ。
先月、東京に出張した際に、都内駅ビルの本屋に入ったら、ベルゼルガの本が売っていたので買ってしまいました。
昔に出版されたものの復刻でした。
出ていたのは、K’と絶叫の騎士です。
主人公の絵です。
当時、立ちポーズで描かれた足のうち、後ろに引いた方の足を黒く塗り潰す描き方がカッコイイなと思っていました。
イラストを描いていた幡池さんの絵はスピード感のあるイラストで好きでした。
この頃、サンライズのロボットものの主題歌をシングルCDで出したシリーズがあって、レイズナーのジャケットのイラストが幡池さんの絵だったので、買ったりしていました。
出張中にイッキに読んでしまいました。
やはり面白いですね。
高校生の頃にも読んだのに、今、読み直してもハラハラしてしまいます。
ヴァレリアファイルとかエリアルとか、また読み直したいです。
で、駅ビルの本屋をまわっていたら、田中芳樹さんと高千穂遙さんの新刊を見つけたので、そちらも購入してしまいました。
田中芳樹さんのは薬師寺涼子シリーズのものでした。
ライムと耕平シリーズが終わってから僕的に好きなのは、このシリーズです。
高千穂さんのダーティペアは言わずもがなです。
僕にとっては、ダーティペアは縁起物なので、出たら買うが基本です。
帯にある、安彦良和さんのコメントもいいですねぇ。
高千穂さん、安彦さん、吾妻ひでおさんって中がイイって何かで読んだことがあるんで、それで、こういうコメントが書けるんでしょう。
土器手さんのユリとケイもいいけど安彦さんのユリとケイもいいです。
この2冊は、まだ読んでいません。
なんてゆーか、読むのがもったいないので、ゆっくりと読んでいきたいんですよ。
ところで、チコちゃんに出てくるキョエちゃんが、みんなのうたで歌っていると番組で知って、23時30分からやっているみんなのうたを観てみました。
キョエちゃんの歌が出ていたというのにはビックリしましたが、作詞作曲が槇原敬之氏というのもびっくりです。
聴いてみたところ、なかなかいい曲でした。
そして、キョエちゃんの歌以上にびっくりしたのが、谷山浩子さんの花咲かニャンコという歌が、その次に流れたことです。
みんなのうたも久しぶりに観たけど、谷山浩子さんの曲をみんなのうたで観たのはもっと久しぶりでした。
やっぱり、谷山浩子さんの声と曲はいいですね。
谷山さんの曲を聴いていたら、種とも子さんの曲も久しぶりに聴きたくなりましたよ。
年が明けてから年度末にかけて忙しかったというのもあり、なかなかブログの更新ができずにそのまま新年度へと突入してしまいました。
そんな中、うれしい情報が入ってきたのでブログを書きたくなりました。
この春から、ベストヒットUSAが毎週金曜日の深夜となりました。
今までは、水曜日の深夜という週のど真ん中で、リアルタイムで観ると次の日がしんどいというのがありました。
でも、金曜日の深夜であれば次の日は基本的には休みなので(土曜出勤もあったりするけど)、夜更かししても平気なのは嬉しいです。
昔は週末に放送していたのに、いつの間にか週の中に放送するようになってしまい、また週末に戻らないかなぁと思っていました。
そして、今日のベストヒットUSAは、モータウン・レコーズ設立60周年ということで、マーヴィン・ゲイやスティーヴィー・ワンダー、マイケル・ジャクソンの曲が流れました。
小林克也さんが話してくれたモータウンの歴史には、なるほどなぁと改めて知ったことが多数あり、特に、ムーン・ウォーク誕生の話しには驚きました。
常に、新しいことに気付かせてくれる唯一の番組です。
ザ・テンプテーションズの曲も流れましたね。
父親が好きでよく聴いていた曲です。
僕はテンプテーションって聞くと、このモータウンのグループと、ガウ・ハ・レッシイの乗艦していた戦艦を思い出します。どちらも有名ですからね。
マーヴィン・ゲイのワッツ・ゴーイング・オンやスティーヴィー・ワンダーの曲を聴いていて思い出したのが、MSX用で出ていたロボクラッシュというゲームです。
コンプティークという雑誌がきっかけとなって発売されたゲームで、僕的にはブラックミュージックを聴きながらプレイするのがぴったりくるゲームでした。
あと、コンプティークは、ロードス島とかトップとか僕の大好物を提供してもらったので、わりと読んでいた雑誌でした。
パッケージの表です。
このイラストのロボットがそのまま画面に表示されるわけではないけど、脳内変換されて、こんなロボットが動いているように見えましたね。
パッケージの裏です。
クオータービューというのがステキです。
僕的には、クオータービュー画面というだけで面白さが2割増しでした。
ソフト自体はフロッピーディスク版でした。
マニュアルです。
マニュアルの中には設定資料があります。
飛行形態とヒト型形態の他にタンク型形態というのがあるのがイイですね。
時代を反映しています。
この頃のロボットの描き方で、影の部分の他に窪んだ部分を黒く塗り潰すというのがあって、そういう描き方が僕は好きでした。
ゲーム内容は、ロボット同士が戦う、ボトムズに出てきたバトリングのような感じです。
バトリング系は好きですねぇ。
先月、東京に出張した際に、都内駅ビルの本屋に入ったら、ベルゼルガの本が売っていたので買ってしまいました。
昔に出版されたものの復刻でした。
出ていたのは、K’と絶叫の騎士です。
主人公の絵です。
当時、立ちポーズで描かれた足のうち、後ろに引いた方の足を黒く塗り潰す描き方がカッコイイなと思っていました。
イラストを描いていた幡池さんの絵はスピード感のあるイラストで好きでした。
この頃、サンライズのロボットものの主題歌をシングルCDで出したシリーズがあって、レイズナーのジャケットのイラストが幡池さんの絵だったので、買ったりしていました。
出張中にイッキに読んでしまいました。
やはり面白いですね。
高校生の頃にも読んだのに、今、読み直してもハラハラしてしまいます。
ヴァレリアファイルとかエリアルとか、また読み直したいです。
で、駅ビルの本屋をまわっていたら、田中芳樹さんと高千穂遙さんの新刊を見つけたので、そちらも購入してしまいました。
田中芳樹さんのは薬師寺涼子シリーズのものでした。
ライムと耕平シリーズが終わってから僕的に好きなのは、このシリーズです。
高千穂さんのダーティペアは言わずもがなです。
僕にとっては、ダーティペアは縁起物なので、出たら買うが基本です。
帯にある、安彦良和さんのコメントもいいですねぇ。
高千穂さん、安彦さん、吾妻ひでおさんって中がイイって何かで読んだことがあるんで、それで、こういうコメントが書けるんでしょう。
土器手さんのユリとケイもいいけど安彦さんのユリとケイもいいです。
この2冊は、まだ読んでいません。
なんてゆーか、読むのがもったいないので、ゆっくりと読んでいきたいんですよ。
ところで、チコちゃんに出てくるキョエちゃんが、みんなのうたで歌っていると番組で知って、23時30分からやっているみんなのうたを観てみました。
キョエちゃんの歌が出ていたというのにはビックリしましたが、作詞作曲が槇原敬之氏というのもびっくりです。
聴いてみたところ、なかなかいい曲でした。
そして、キョエちゃんの歌以上にびっくりしたのが、谷山浩子さんの花咲かニャンコという歌が、その次に流れたことです。
みんなのうたも久しぶりに観たけど、谷山浩子さんの曲をみんなのうたで観たのはもっと久しぶりでした。
やっぱり、谷山浩子さんの声と曲はいいですね。
谷山さんの曲を聴いていたら、種とも子さんの曲も久しぶりに聴きたくなりましたよ。
2019-04-06 00:58
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アルカノイド その1 [レトロゲーム]
正月は箱根駅伝を観て過ごすのが、僕の昔からのスタイルです。
とは言っても、大学生の頃は大晦日も元旦も東京中央郵便局でアルバイトをしていたし、20代の頃にはサポート業務で1月2日に出勤することになったりとかいろいろとあって、正月中にテレビを観れなかった時期もありました。
そう考えると、今では何も考えずに三が日はテレビを観ていられるので幸せです。
中学生の頃なんかだと、テレビを観るのに飽きて、三が日明け早々にゲーセンに行ったり本屋に行ったり、駅前のデパートのパソコン売り場に行ったりしていました。
僕の実家の近所には、百字屋書店(仮称)という本屋とCD屋が合体した店の横にゲームセンターがあって、正月ともなると、そのゲーセンに行ってました。
その頃、ゲーセンでよくプレイしていたのはアルカノイドでした。、
アルカノイドを置いていた百字屋書店は、家から歩いて10分くらいのところにあったので、高校生になってもよく行っていました。
店内の半分が書籍売り場だったから、小説や雑誌を買って、その後にゲーセン側に行くって感じでした。
アルカノイドのBGMで「トゥン、トゥトゥン、トゥ、トゥルルールン」(←こう聴こえた)というゲームスタートの音が、わりと大きな音で、店内ではけっこう目立っていました。
あと、バッドがボールを跳ね返す金属音みたいなのも、店内ではわりと響いていましたね。
ブロック崩しという、テレビゲーム黎明期の大ヒットゲームをリメイクした作品ですが、これほど面白く衝撃的なリメイクはありませんね。
グラフィックや音楽だけじゃなくて、弾が打てたり、いくつもに増えたりと、ゲーム性も変わっているのに、ブロック崩しゲーム以外には感じられないわけですから。
今まで、いろんなゲームのリメイクを見てきたけれど、アルカノイドを超えるリメイクをしたゲームは無いんじゃないかなと思うほどです。
これはMSX用のアルカノイドです。
躍動感溢れるデザインですね。
当時、自機であるバーが「ハウス」って名前だったということを、パッケージの裏を見て初めて知りましたよ。
専用のコントローラーも付いていたので、操作はしやすかったです。
で、まぁ、結構好評だったからか、続編も作られました。
アルカイノド2です。
これがパッケージです。
2人プレイができるとか、面のエディット機能がついているとかが売りでした。
で、アルカノイド2も専用コントローラが付いてきていました。
これは、I/O(1987年12月号)の広告です。
モアイで有名なゲームと言えば、「タイトーのアルカノイド」「コナミのグラディウス」「マジカルズゥのムー大陸の謎」が御三家でしょうか。
こんにちはマイコンで、あらしがサトルに教えてもらいながら作ってたのも、バーで玉を跳ね返すゲームでしたね。
なんてゆーか、ブロックの無いブロック崩しみたいなやつです。確か、テニスゲームとか言っていたような...
昔はプログラミングの勉強として、ゲーム作りから入っていったっていう人は多かったと思います。
その時に、インベーダーゲームみたいなのよりも、ブロック崩しみたいなものの方が作り易かったからでしょうかね。
ブロック崩しって、わりと自分との闘いなんですよね。
集中を途切れさせることなく、ただ黙々とボールをはね返していくという。
「オンラインで仲間と共に戦う」というのと対局に位置するような、非常にストイックなゲームだと思うんですよ。
まぁ、今どきの若い人にはうけないでしょうねぇ...
とは言っても、大学生の頃は大晦日も元旦も東京中央郵便局でアルバイトをしていたし、20代の頃にはサポート業務で1月2日に出勤することになったりとかいろいろとあって、正月中にテレビを観れなかった時期もありました。
そう考えると、今では何も考えずに三が日はテレビを観ていられるので幸せです。
中学生の頃なんかだと、テレビを観るのに飽きて、三が日明け早々にゲーセンに行ったり本屋に行ったり、駅前のデパートのパソコン売り場に行ったりしていました。
僕の実家の近所には、百字屋書店(仮称)という本屋とCD屋が合体した店の横にゲームセンターがあって、正月ともなると、そのゲーセンに行ってました。
その頃、ゲーセンでよくプレイしていたのはアルカノイドでした。、
アルカノイドを置いていた百字屋書店は、家から歩いて10分くらいのところにあったので、高校生になってもよく行っていました。
店内の半分が書籍売り場だったから、小説や雑誌を買って、その後にゲーセン側に行くって感じでした。
アルカノイドのBGMで「トゥン、トゥトゥン、トゥ、トゥルルールン」(←こう聴こえた)というゲームスタートの音が、わりと大きな音で、店内ではけっこう目立っていました。
あと、バッドがボールを跳ね返す金属音みたいなのも、店内ではわりと響いていましたね。
ブロック崩しという、テレビゲーム黎明期の大ヒットゲームをリメイクした作品ですが、これほど面白く衝撃的なリメイクはありませんね。
グラフィックや音楽だけじゃなくて、弾が打てたり、いくつもに増えたりと、ゲーム性も変わっているのに、ブロック崩しゲーム以外には感じられないわけですから。
今まで、いろんなゲームのリメイクを見てきたけれど、アルカノイドを超えるリメイクをしたゲームは無いんじゃないかなと思うほどです。
これはMSX用のアルカノイドです。
躍動感溢れるデザインですね。
当時、自機であるバーが「ハウス」って名前だったということを、パッケージの裏を見て初めて知りましたよ。
専用のコントローラーも付いていたので、操作はしやすかったです。
で、まぁ、結構好評だったからか、続編も作られました。
アルカイノド2です。
これがパッケージです。
2人プレイができるとか、面のエディット機能がついているとかが売りでした。
で、アルカノイド2も専用コントローラが付いてきていました。
これは、I/O(1987年12月号)の広告です。
モアイで有名なゲームと言えば、「タイトーのアルカノイド」「コナミのグラディウス」「マジカルズゥのムー大陸の謎」が御三家でしょうか。
こんにちはマイコンで、あらしがサトルに教えてもらいながら作ってたのも、バーで玉を跳ね返すゲームでしたね。
なんてゆーか、ブロックの無いブロック崩しみたいなやつです。確か、テニスゲームとか言っていたような...
昔はプログラミングの勉強として、ゲーム作りから入っていったっていう人は多かったと思います。
その時に、インベーダーゲームみたいなのよりも、ブロック崩しみたいなものの方が作り易かったからでしょうかね。
ブロック崩しって、わりと自分との闘いなんですよね。
集中を途切れさせることなく、ただ黙々とボールをはね返していくという。
「オンラインで仲間と共に戦う」というのと対局に位置するような、非常にストイックなゲームだと思うんですよ。
まぁ、今どきの若い人にはうけないでしょうねぇ...
2019-01-05 23:44
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ちゃっくんぽっぷ その1 [レトロゲーム]
ちゃっくんぽっぷは、僕が中学生のころに行っていたゲームセンター「カレッジ・トライアングル(仮称)」に置いてありました。
そのゲーセンは某N大学の近所にあって、店内が白色で統一されて入口には観葉植物が置かれていたりするという、かなり洒落たゲーセンでした。
カレッジ・トライアングルの前は大学の正門へと続く道で、道には街路樹が立っていて、その下を沢山の大学生が歩いていたり自転車に乗っていたりして、華やかな雰囲気がありました。
夏には、ホットパンツを履いた女子大生がローラースケートをしてそうな、そんな雰囲気があったゲーセンでしたよ。
店内の半分には、ミッドナイト・ランディングや宇宙戦艦ヤマトのアニメゲーム、ダライアスといった大型筐体のゲームやピンボールが置いてあり、残りの半分にはテーブルゲームが置いてありました。
当時、このゲーセンでプレイしたのは、ちゃっくんぽっぷの他にはスペースクルーザーやラスタンサーガ、ダライアスなんかをよくやってました。
ちゃっくんぽっぷみたいなキャラゲーって、すっごく好きで、バブルボブルとかレインボーアイランドとかマッピーとかトイポップとか、まぁ、タイトルをあげると「なるほどねぇ~」みたいな感じで納得されていまいます。
で、その後に「イラストだと、竹本泉さんとか藤田幸久さんとかって好きでしょ?」みたいに言われます。まぁ、その通りなんだけど。あと、水玉さんとかも。
ちゃっくんぽっぷは、操作に慣れるまでが大変でした。特に、逆さまに貼り付いたときの移動が独特です。
あと、煙を出す玉の動きや玉を出す場所なんかも最初は難しいです。
ゲーセンでは、うまくできなくて、結局はパソコンで練習してやっとできるようになりました。
なので、ちゃっくんぽっぷはやりこんだというほどはゲーセンではあまりやりませんでした。
これは、MSX版です。パッケージの表面です。
このイラストがすごく好きで、昔はパッケージを飾っていました。
パッケージが文房具入れみたいで、見た感じゲームソフトという印象が薄いです。
パッケージのふたが横でパチンととまるようになっています。
パッケージの裏面です。
これは、I/O(1984年8月号)のニデコムソフトの広告です。
ニデコは、最初の頃はディスプレイの販売の広告が中心だったという印象があります。
これは、I/O(1984年2月号)に載っていたニデコの広告です。
ディスプレイだけじゃなくて、フロッピーディスクドライブとかも載っていたんで、どちらかというとハードウェアを販売している会社ってイメージがありました。
それが、いつ頃からかゲームソフトの広告が中心になっていった感じがありました。
MSX版はROMカセットです。
マニュアルに載っているキャラクター紹介です。
みんなで鍋を囲んでいる、こういう同人誌的なノリがイイですね。
キーボードだけでなくジョイスティックでも遊べると書いてありますが、ジョイスティックのイラストが本当のジョイスティック(棒状)なんですね。
それにしても、これ(↓) 面白いです。久しぶりに、はまりました。
そのゲーセンは某N大学の近所にあって、店内が白色で統一されて入口には観葉植物が置かれていたりするという、かなり洒落たゲーセンでした。
カレッジ・トライアングルの前は大学の正門へと続く道で、道には街路樹が立っていて、その下を沢山の大学生が歩いていたり自転車に乗っていたりして、華やかな雰囲気がありました。
夏には、ホットパンツを履いた女子大生がローラースケートをしてそうな、そんな雰囲気があったゲーセンでしたよ。
店内の半分には、ミッドナイト・ランディングや宇宙戦艦ヤマトのアニメゲーム、ダライアスといった大型筐体のゲームやピンボールが置いてあり、残りの半分にはテーブルゲームが置いてありました。
当時、このゲーセンでプレイしたのは、ちゃっくんぽっぷの他にはスペースクルーザーやラスタンサーガ、ダライアスなんかをよくやってました。
ちゃっくんぽっぷみたいなキャラゲーって、すっごく好きで、バブルボブルとかレインボーアイランドとかマッピーとかトイポップとか、まぁ、タイトルをあげると「なるほどねぇ~」みたいな感じで納得されていまいます。
で、その後に「イラストだと、竹本泉さんとか藤田幸久さんとかって好きでしょ?」みたいに言われます。まぁ、その通りなんだけど。あと、水玉さんとかも。
ちゃっくんぽっぷは、操作に慣れるまでが大変でした。特に、逆さまに貼り付いたときの移動が独特です。
あと、煙を出す玉の動きや玉を出す場所なんかも最初は難しいです。
ゲーセンでは、うまくできなくて、結局はパソコンで練習してやっとできるようになりました。
なので、ちゃっくんぽっぷはやりこんだというほどはゲーセンではあまりやりませんでした。
これは、MSX版です。パッケージの表面です。
このイラストがすごく好きで、昔はパッケージを飾っていました。
パッケージが文房具入れみたいで、見た感じゲームソフトという印象が薄いです。
パッケージのふたが横でパチンととまるようになっています。
パッケージの裏面です。
これは、I/O(1984年8月号)のニデコムソフトの広告です。
ニデコは、最初の頃はディスプレイの販売の広告が中心だったという印象があります。
これは、I/O(1984年2月号)に載っていたニデコの広告です。
ディスプレイだけじゃなくて、フロッピーディスクドライブとかも載っていたんで、どちらかというとハードウェアを販売している会社ってイメージがありました。
それが、いつ頃からかゲームソフトの広告が中心になっていった感じがありました。
MSX版はROMカセットです。
マニュアルに載っているキャラクター紹介です。
みんなで鍋を囲んでいる、こういう同人誌的なノリがイイですね。
キーボードだけでなくジョイスティックでも遊べると書いてありますが、ジョイスティックのイラストが本当のジョイスティック(棒状)なんですね。
それにしても、これ(↓) 面白いです。久しぶりに、はまりました。
2018-12-05 23:12
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ザ・ブラック・オニキス その1 [レトロゲーム]
ベストヒットUSAを観る前にNHKでやっていたクローズアップ・サザンオールスターズを観ていたら、余韻に浸ってしまって、あやうく見逃すところでした。
サザンの曲って、僕にとっては常にそばにある曲って感じで、ファンだとか特に意識したことはなかったんだけど、あらためて考えてみると、その曲もこの曲も知っているって感じなんですよね。
でまぁ、僕が最初に買ったサザンのレコードって何かな?って思い返してみると、「BAN BAN BAN」だったんですよ。
でも、これってKUWATA BANDだからサザンじゃないよなぁとか思ったりもしたりして。
新曲の「壮年JUMP」ってのを番組で歌っていたのを聴いて、やっぱりこの人の作るメロディーがすごくいいから、聴きたくなっちゃうんだよなぁとか思いました。
(そうそう、この曲の歌詞を聴いていたら、僕の周りのアラフィフのアイドルファンの面々が浮かんできました。)
ギターで初めて練習した曲もサザンで「いとしのエリー」でした。
ふぞろいの林檎たちのテーマソングに使われて知ったんだけど、そもそも、ふぞろいの林檎たちをなぜ観ていたかというと、父親が毎週欠かさず観ていたんですよ。
テレビでは野球と相撲とNHK大河とニュースとGメン'75しか観なかった(と記憶している)父親が、ふぞろいの林檎たちは観ていたんで、僕も観るようになって、それでいとしのエリーを覚えました。
いとしのエリーは、本当にいい曲です。レイ・チャールズもカバーしたしね。
そんなわけで、「ミスブランニューデイ」や「みんなのうた」といったサザンの曲を聴きながら遊んだゲームがブラック・オニキスです。生まれて初めてやったRPGでした。
RPGの概念なんて持っていなかった中学の頃でしたから、ゲームのプレイスタイルがどんなものなのかわかりませんでした。
なにしろ、ドラクエが発売される前のことですから。
ゲーセンではシューティングやアクションゲームが中心だったし、それまでパソコンでやっていたのはアドベンチャーゲームやパズルゲームだったから、戦うことや逃げることをコマンドで選んだり、武器を買ったりするということが斬新で戸惑いました。
武器を買うと、画面に出ているキャラクタの絵が変化するので、一番強い武器を買ったらどんな絵になるんだろうと思い、次々と買って装備していったら最後は透明マンとで透明になってしまったのを覚えています。
今思えば、RPGというものを日本の若者に教えてくれた偉大なゲームなんじゃないかと。
ブラック・オニキスをプレイしたから、その後にウイザードリィをすんなりとプレイできたのは確かです。
当時、僕がプレイしたのはX1版です。
これがパッケージの表面です。
これがパッケージの裏側。
テープ版だったので、中にはカセットテープが1本です。
あと、キャラクターデータ用に、生テープを1本用意します。
当時の雑誌I/O(1985年7月号)の広告です。
いつものことながら、ゲームをプレイしていると、画面に表示されているドット絵のちまちまとしたキャラクターが、この広告にあるようなキャラクターに見えてくるから不思議です。
人間の想像力は無限大だなぁと感じずにはいられません。
ファイヤー・クリスタルは続編で、僕はやったことはないんだけど、当時のX1仲間だった臼杵くん(仮名)がプレイしているのを見たことはあります。
「なんか難しそう」っていう印象でした。
今は、東京VICTORYを聴きながらWindows版ウィザードリィ・リルガミンサーガをやっているという、いつまでたっても変わらない生活が楽しくてたまりません。
サザンの曲って、僕にとっては常にそばにある曲って感じで、ファンだとか特に意識したことはなかったんだけど、あらためて考えてみると、その曲もこの曲も知っているって感じなんですよね。
でまぁ、僕が最初に買ったサザンのレコードって何かな?って思い返してみると、「BAN BAN BAN」だったんですよ。
でも、これってKUWATA BANDだからサザンじゃないよなぁとか思ったりもしたりして。
新曲の「壮年JUMP」ってのを番組で歌っていたのを聴いて、やっぱりこの人の作るメロディーがすごくいいから、聴きたくなっちゃうんだよなぁとか思いました。
(そうそう、この曲の歌詞を聴いていたら、僕の周りのアラフィフのアイドルファンの面々が浮かんできました。)
ギターで初めて練習した曲もサザンで「いとしのエリー」でした。
ふぞろいの林檎たちのテーマソングに使われて知ったんだけど、そもそも、ふぞろいの林檎たちをなぜ観ていたかというと、父親が毎週欠かさず観ていたんですよ。
テレビでは野球と相撲とNHK大河とニュースとGメン'75しか観なかった(と記憶している)父親が、ふぞろいの林檎たちは観ていたんで、僕も観るようになって、それでいとしのエリーを覚えました。
いとしのエリーは、本当にいい曲です。レイ・チャールズもカバーしたしね。
そんなわけで、「ミスブランニューデイ」や「みんなのうた」といったサザンの曲を聴きながら遊んだゲームがブラック・オニキスです。生まれて初めてやったRPGでした。
RPGの概念なんて持っていなかった中学の頃でしたから、ゲームのプレイスタイルがどんなものなのかわかりませんでした。
なにしろ、ドラクエが発売される前のことですから。
ゲーセンではシューティングやアクションゲームが中心だったし、それまでパソコンでやっていたのはアドベンチャーゲームやパズルゲームだったから、戦うことや逃げることをコマンドで選んだり、武器を買ったりするということが斬新で戸惑いました。
武器を買うと、画面に出ているキャラクタの絵が変化するので、一番強い武器を買ったらどんな絵になるんだろうと思い、次々と買って装備していったら最後は透明マンとで透明になってしまったのを覚えています。
今思えば、RPGというものを日本の若者に教えてくれた偉大なゲームなんじゃないかと。
ブラック・オニキスをプレイしたから、その後にウイザードリィをすんなりとプレイできたのは確かです。
当時、僕がプレイしたのはX1版です。
これがパッケージの表面です。
これがパッケージの裏側。
テープ版だったので、中にはカセットテープが1本です。
あと、キャラクターデータ用に、生テープを1本用意します。
当時の雑誌I/O(1985年7月号)の広告です。
いつものことながら、ゲームをプレイしていると、画面に表示されているドット絵のちまちまとしたキャラクターが、この広告にあるようなキャラクターに見えてくるから不思議です。
人間の想像力は無限大だなぁと感じずにはいられません。
ファイヤー・クリスタルは続編で、僕はやったことはないんだけど、当時のX1仲間だった臼杵くん(仮名)がプレイしているのを見たことはあります。
「なんか難しそう」っていう印象でした。
今は、東京VICTORYを聴きながらWindows版ウィザードリィ・リルガミンサーガをやっているという、いつまでたっても変わらない生活が楽しくてたまりません。
2018-08-08 23:47
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ロードファイター その3 [レトロゲーム]
年に1回か2回、背中から腰にかけて、とてつもない激痛が走るときがあります。
初めてなったのは20年くらい前なんですが、ヘルニアになったのかと思って病院に行ったら、ヘルニアではないと診断され、その後も何回か病院で診てもらったりしているんですが、結局原因はわからないんです。
でも、この痛みが出るとまったく動くことができなくて、治まるまで大抵は丸1日はかかります。
そして、今年1回目の痛みがこの前の日曜日にきました。
いやぁ、まったく動けなかったですね。
で、動けない間は何もできないんで(当たり前だけど)、ブログに書くことをずっと考えていました。
そんなわけで、またロードファイターの続きです。
わんぱくアスレチックみたいなゲームが中学の頃は好きで、自分で作るゲームもこんな感じのが多かったですね。
画面内にいろんな仕掛けがあってにぎやかなゲームってのが好きです。
中学の頃、地元のダイエーのパソコン売り場に会ったMSXで、このゲームを遊ぶことができて、よくやってました。
マジカルツリーはプレイしたことが無かったと思うんですがね。よく憶えていないんですよ。
説明文を見るとアパッチ君とか書いてあるけど、今はこんなゲーム設定じゃ発売禁止だろうなぁと...
だからといって、アメリカンネイティブ君でも変だろうし。
今の時代では、彼には的確な名前を付けてあげられなさそうです。
サーカスチャーリーはゲーセンにもあったと思います。
当時、家の近所にスケートセンターがあって、リンク横のゲーセンに置いてありました。
陰からチャーリーを見守っているのは、ゾウのお母さんだと友達から聞いて、ちょっと感動しましたね。
飛馬のお姉さん的な存在です。
モン太のいち・に・さんすう。
う~ん、こんなゲームは憶えていないなぁ...
でも、昔、パソコンは勉強するゲームもあるからパソコンを買うと勉強もできると親を騙して買ってもらっていた人もいたと聞いたことがあります。
親も、パソコンが何なのか、よくわからなかったから、そういうものなのかと思ったんじゃないかと。
そういう時に引き合いに出されるようなゲームですかね。
イー・アル・カンフーはファミコン版、アーケード版もありましたね。
このパッケージのイラストがカッコ良過ぎ!
アーケード版はジャスピオンで主人公が遊んでいたのが印象的です。
モピレンジャー?
これは、MSXマガジンの紹介記事でしか見たことがないです。
王家の谷
これは、面白かったです。
アクションパズル的なゲームで、気分はなんとなくインディ・ジョーンズです。
ピポルス
うーん、これも知りません。
画面写真はMSXマガジンで見たことがある気がするんだけど...
スカイジャガー
これは、初めて画面写真を見たときに、ゼビウスみたいなゲームだと思って、凄くやってみたいと思ったやつです。
で、友達が買ったので、やらせてもらったら、まぁ、なんてゆーか、期待が大きすぎたために「ふーん」って感想になってしまいました。
MSXのゲームとしては良くできていると思うんだけど、ホント、期待が大きすぎたんですよ...
ロードファイター
コナミ・ハイパーラリー
これも、パッケージのイラストからは中身が想像できないです。
関係ないけど、ライトは丸目が一番ですね。
僕としては、丸目2灯ってのがカッコイイと感じます。
ゲームをやっていても、外で遊ぶのが子供だと、当時の大人は思っていたんでしょうね。
まぁ、確かに、こんな僕でも小学生の頃って、わりと外で遊んでいましたしね。
稲刈りの終わった田んぼで野球やったり、ゲイラカイト飛ばしたりしたし、某N大学の裏にあった溜め池に魚釣りに行ったりしていました。
ゲーセンにも毎日のように行っていたし、結構漫画や小説も読んでいたし、よくもまぁ時間があったものだと思います。
初めてなったのは20年くらい前なんですが、ヘルニアになったのかと思って病院に行ったら、ヘルニアではないと診断され、その後も何回か病院で診てもらったりしているんですが、結局原因はわからないんです。
でも、この痛みが出るとまったく動くことができなくて、治まるまで大抵は丸1日はかかります。
そして、今年1回目の痛みがこの前の日曜日にきました。
いやぁ、まったく動けなかったですね。
で、動けない間は何もできないんで(当たり前だけど)、ブログに書くことをずっと考えていました。
そんなわけで、またロードファイターの続きです。
わんぱくアスレチックみたいなゲームが中学の頃は好きで、自分で作るゲームもこんな感じのが多かったですね。
画面内にいろんな仕掛けがあってにぎやかなゲームってのが好きです。
中学の頃、地元のダイエーのパソコン売り場に会ったMSXで、このゲームを遊ぶことができて、よくやってました。
マジカルツリーはプレイしたことが無かったと思うんですがね。よく憶えていないんですよ。
説明文を見るとアパッチ君とか書いてあるけど、今はこんなゲーム設定じゃ発売禁止だろうなぁと...
だからといって、アメリカンネイティブ君でも変だろうし。
今の時代では、彼には的確な名前を付けてあげられなさそうです。
サーカスチャーリーはゲーセンにもあったと思います。
当時、家の近所にスケートセンターがあって、リンク横のゲーセンに置いてありました。
陰からチャーリーを見守っているのは、ゾウのお母さんだと友達から聞いて、ちょっと感動しましたね。
飛馬のお姉さん的な存在です。
モン太のいち・に・さんすう。
う~ん、こんなゲームは憶えていないなぁ...
でも、昔、パソコンは勉強するゲームもあるからパソコンを買うと勉強もできると親を騙して買ってもらっていた人もいたと聞いたことがあります。
親も、パソコンが何なのか、よくわからなかったから、そういうものなのかと思ったんじゃないかと。
そういう時に引き合いに出されるようなゲームですかね。
イー・アル・カンフーはファミコン版、アーケード版もありましたね。
このパッケージのイラストがカッコ良過ぎ!
アーケード版はジャスピオンで主人公が遊んでいたのが印象的です。
モピレンジャー?
これは、MSXマガジンの紹介記事でしか見たことがないです。
王家の谷
これは、面白かったです。
アクションパズル的なゲームで、気分はなんとなくインディ・ジョーンズです。
ピポルス
うーん、これも知りません。
画面写真はMSXマガジンで見たことがある気がするんだけど...
スカイジャガー
これは、初めて画面写真を見たときに、ゼビウスみたいなゲームだと思って、凄くやってみたいと思ったやつです。
で、友達が買ったので、やらせてもらったら、まぁ、なんてゆーか、期待が大きすぎたために「ふーん」って感想になってしまいました。
MSXのゲームとしては良くできていると思うんだけど、ホント、期待が大きすぎたんですよ...
ロードファイター
コナミ・ハイパーラリー
これも、パッケージのイラストからは中身が想像できないです。
関係ないけど、ライトは丸目が一番ですね。
僕としては、丸目2灯ってのがカッコイイと感じます。
ゲームをやっていても、外で遊ぶのが子供だと、当時の大人は思っていたんでしょうね。
まぁ、確かに、こんな僕でも小学生の頃って、わりと外で遊んでいましたしね。
稲刈りの終わった田んぼで野球やったり、ゲイラカイト飛ばしたりしたし、某N大学の裏にあった溜め池に魚釣りに行ったりしていました。
ゲーセンにも毎日のように行っていたし、結構漫画や小説も読んでいたし、よくもまぁ時間があったものだと思います。
2018-06-15 23:19
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ロードファイター その2 [レトロゲーム]
数か月前のことですが、偶然にもマイケル・フォーチュナティのギブミーアップをラジオで聴いたんで、友人の鳥川さん(仮名)に「マイケルフォーチュナティーのギブミーアップを聴いた」とメールを送ったら、「マイケル・フォーチュナティの声を聴くとリックアストリーを思いださね?」という返事が返ってきました。
なるほど、そういうパブロフの犬かと思ったんですが、リック・アストリーのCDを実家に置いていたんで、そのまま、その話題は放置していました。
ところが、先週末に法事で帰省した際にふと思い出したんで、CDを聴いてみたら確かに似ていますな。
ただ、僕はどっちかというと菅原洋一さんを思い出しましたけどね。
ギブミーアップはBaBeが有名ですし、僕もBaBeのアルバムはいいアルバムだと思います。
でも、ギブミーアップで一番は長山洋子さんだと思います。
洋子さんも今でも好きなアイドルの一人で、テレ東が観れたときは洋子の演歌一直線をかかさず観ていました。
でも、やっぱりアイドル時代のほうが好きかなぁ。
洋子さんの曲で一番印象に残っているのは「瞬間はファンタジー」です。
NHKアニメのOPだったんだけど、はじけるようなポップスで、健康的でかわいい洋子さんにぴったりの曲でした。
このOP曲が入っているアルバムはあるんですが、ED曲の「ハーフムーンの気持ち」が入っているアルバムは探してもなかなか見つからず、後になってからアニメソングのオムニバスCDの中に入っているのがわかり、やっと購入しました。
あと、はずせないのが「瞳の中のファーラウェイ」ですね。
これは、ホント名曲です。
ファイブスターストーリーズのテーマソングですね。
当時、地元の駅前にあった映画館に観に行ったら客が数名しかいなくて、しかも、そのうちの2名が友達だったというオチです。
「え!?おまえも好きだったの?」
みたいな感じで、ちょっと嬉しかったですね。
で、「瞬間はファンタジー」を聴きながらブログの内容を入力していたんだけど、ビデオに録画したベストヒットUSAを観ていたら、ポリスの曲が頭から離れなくなってしまったんで、邦題「見つめていたい」を聴いていますよ。
アリー・マイ・ラブにゲスト出演したときに、アリーに歌ってあげた曲ですね。
そんなわけで、ロードファイターの続きを書いてみます。
当時、ゲームカタログなんてものが、パッケージソフトには付いてきていました。
こんなものです。
グラディウス以前だと、コナミのゲームと聞くとハイパーオリンピックの印象が強いですね。
ゲームは当然ながら面白いんだけど、このイラストがまたリアルで凄いですよ。
で、次のページを見ると、ハイパースポーツです。
こちらはパッケージのイラストがコミカルな感じになっています。
なんで方向転換したのか不思議です。
これは、ちょっとアメコミ風。
アーチェリーの人なんかは、クラーク・ケントですよ。
プロジェクトA子のお父さんですね。ネタばれですが。
で、ハイパーオリンピックと言えば、ハイパーショットです。
これが無いと、MSXのカーソルキーが壊れてしまいます。
当時のゲーセンにあったハイパーオリンピックの台は、プレイヤーがボタンを激しく擦ったり叩いたりしたため、変色したり形がゆがんだりしていました。
僕の友達が使っていた技は、ボタンを早く上下させるために、スチール製の定規を持ってきてその定規を激しく上下に動かして定規の上下運動でボタンを叩く技や、ガチャガチャのカプセルを握ってボタン上を左右に行ったり来たりさせることでボタンを上下運動させたりする技でした。
こんな無茶なことをしていても、お店の人には注意されなかったから、今考えると、おおらかな時代でしたね。
コナミのテニス、ゴルフ、ベースボール。
この辺のスポーツゲームは定番でしたね。
たいていのパソコンには、ゴルフ、野球、テニスゲームが発売されていましたから。
コナミのピンポンは抜群に面白かったですよ。
手とラケットだけっていうのも、ナイスアイデアです。
けっきょく南極大冒険は、なかなかクリアできなかったことは憶えています。
中学の時、剣道部に入っていたんだけど、その時の後輩の信濃くん(仮名)がMSXと松下のJR-200を持っていて、MSXで一番面白いゲームはけっきょく南極大冒険だと言っていたのが、今でも忘れられません。
当時の僕は、JR-200のゲームと比べたらMSXのゲームはどれも面白いよって思ったんだけど、なんか嫌味っぽいと思って言いませんでした。
そんな後輩は、大学を出た後で、窓枠とかドアを製造する会社を経営する人の娘と結婚して、今では2代目の社長となっています。
10年くらい前に、実家の近所にある床屋に久しぶりに行ったときに偶然会って、その時に近況を教えてもらったんです。
そんな信濃くんは婿養子に入ってしまったから、名前も変わってしまい、中小企業の社長業の大変さからか頭髪も薄くなっていて、人生まで大冒険してしまっているんだなぁと感じましたね。
まぁ、ただのサラリーマンの僕に言われたくないだろーけど。
なるほど、そういうパブロフの犬かと思ったんですが、リック・アストリーのCDを実家に置いていたんで、そのまま、その話題は放置していました。
ところが、先週末に法事で帰省した際にふと思い出したんで、CDを聴いてみたら確かに似ていますな。
ただ、僕はどっちかというと菅原洋一さんを思い出しましたけどね。
ギブミーアップはBaBeが有名ですし、僕もBaBeのアルバムはいいアルバムだと思います。
でも、ギブミーアップで一番は長山洋子さんだと思います。
洋子さんも今でも好きなアイドルの一人で、テレ東が観れたときは洋子の演歌一直線をかかさず観ていました。
でも、やっぱりアイドル時代のほうが好きかなぁ。
洋子さんの曲で一番印象に残っているのは「瞬間はファンタジー」です。
NHKアニメのOPだったんだけど、はじけるようなポップスで、健康的でかわいい洋子さんにぴったりの曲でした。
このOP曲が入っているアルバムはあるんですが、ED曲の「ハーフムーンの気持ち」が入っているアルバムは探してもなかなか見つからず、後になってからアニメソングのオムニバスCDの中に入っているのがわかり、やっと購入しました。
あと、はずせないのが「瞳の中のファーラウェイ」ですね。
これは、ホント名曲です。
ファイブスターストーリーズのテーマソングですね。
当時、地元の駅前にあった映画館に観に行ったら客が数名しかいなくて、しかも、そのうちの2名が友達だったというオチです。
「え!?おまえも好きだったの?」
みたいな感じで、ちょっと嬉しかったですね。
で、「瞬間はファンタジー」を聴きながらブログの内容を入力していたんだけど、ビデオに録画したベストヒットUSAを観ていたら、ポリスの曲が頭から離れなくなってしまったんで、邦題「見つめていたい」を聴いていますよ。
アリー・マイ・ラブにゲスト出演したときに、アリーに歌ってあげた曲ですね。
そんなわけで、ロードファイターの続きを書いてみます。
当時、ゲームカタログなんてものが、パッケージソフトには付いてきていました。
こんなものです。
グラディウス以前だと、コナミのゲームと聞くとハイパーオリンピックの印象が強いですね。
ゲームは当然ながら面白いんだけど、このイラストがまたリアルで凄いですよ。
で、次のページを見ると、ハイパースポーツです。
こちらはパッケージのイラストがコミカルな感じになっています。
なんで方向転換したのか不思議です。
これは、ちょっとアメコミ風。
アーチェリーの人なんかは、クラーク・ケントですよ。
プロジェクトA子のお父さんですね。ネタばれですが。
で、ハイパーオリンピックと言えば、ハイパーショットです。
これが無いと、MSXのカーソルキーが壊れてしまいます。
当時のゲーセンにあったハイパーオリンピックの台は、プレイヤーがボタンを激しく擦ったり叩いたりしたため、変色したり形がゆがんだりしていました。
僕の友達が使っていた技は、ボタンを早く上下させるために、スチール製の定規を持ってきてその定規を激しく上下に動かして定規の上下運動でボタンを叩く技や、ガチャガチャのカプセルを握ってボタン上を左右に行ったり来たりさせることでボタンを上下運動させたりする技でした。
こんな無茶なことをしていても、お店の人には注意されなかったから、今考えると、おおらかな時代でしたね。
コナミのテニス、ゴルフ、ベースボール。
この辺のスポーツゲームは定番でしたね。
たいていのパソコンには、ゴルフ、野球、テニスゲームが発売されていましたから。
コナミのピンポンは抜群に面白かったですよ。
手とラケットだけっていうのも、ナイスアイデアです。
けっきょく南極大冒険は、なかなかクリアできなかったことは憶えています。
中学の時、剣道部に入っていたんだけど、その時の後輩の信濃くん(仮名)がMSXと松下のJR-200を持っていて、MSXで一番面白いゲームはけっきょく南極大冒険だと言っていたのが、今でも忘れられません。
当時の僕は、JR-200のゲームと比べたらMSXのゲームはどれも面白いよって思ったんだけど、なんか嫌味っぽいと思って言いませんでした。
そんな後輩は、大学を出た後で、窓枠とかドアを製造する会社を経営する人の娘と結婚して、今では2代目の社長となっています。
10年くらい前に、実家の近所にある床屋に久しぶりに行ったときに偶然会って、その時に近況を教えてもらったんです。
そんな信濃くんは婿養子に入ってしまったから、名前も変わってしまい、中小企業の社長業の大変さからか頭髪も薄くなっていて、人生まで大冒険してしまっているんだなぁと感じましたね。
まぁ、ただのサラリーマンの僕に言われたくないだろーけど。
2018-06-08 23:28
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